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百見は一感にしかず 東泉 一郎

「TRAVEL×IT CONTEST」の審査員の方々に、独自の視点でお話いただく本コラム。 第4回は、東泉一郎さんに「TRAVEL×IT」について、文章を寄せて頂きました。 Bob Moog博士との出会いで、東泉さんが感じたこととは。

 もう十数年前のこと、僕はある人を日本に招いて、アテンドをした。その人はBob Moog博士。シンセサイザーを開発し、20世紀以降の音楽のあり方を変え、「電子音楽の父」とも呼ばれた偉人だ。子供の頃から、音楽もデザインも新しいテクノロジーも好きだった僕にとって大ヒーローの一人だった。
来日した彼を出迎えて、この上もなく緊張しながら、彼との時間を楽しみに、新幹線で移動し、目的の街に着くなり、その老人、Moog博士は「じゃあね。」と言って、言葉の通じない異国の夜の街へ、独りで消え去っていった。「えぇっ?」「せっかく初めての土地に来たのだから、迷子にならなきゃ勿体ないだろ?」
そうだ、そうなのだ。それ以来、僕は、旅先でなにか予定外のことや困ったことに遭遇するたび、Moog博士の真似をして、「初めての場所だから、迷子にならなきゃ勿体ない。」ということにした。
遠くへ行きたい。初めて見る景色を見たい。せっかく初めての土地に来たのだから、探検したい。迷子にならなきゃ勿体ない(危険でないかぎりは)。

そんななので、「TRAVEL×IT」っていうと、どうもピンと来ない。今では、座ったままでインターネットでたちどころに世界中の街角を覗き見ることができるし、事前情報も溢れていて、もうこの地球上に辺境は残っていないのかも? と、ちょっぴりつまらない気持ちになったりもする。
「情報技術」と「移動する必要性」って、そもそも相反関係にあるよね? SFに描かれてきたステレオタイプな未来世界では、テレビ電話のおかげでわざわざ会いに行かなくてもよくなる、というのがよくあった。そして実際にそうなった。それと、世界の何処へでも、宇宙さえも、好きなように行ける、ということが同居していた。そちらはまだ、ちょっと先の話かも。

では、情報は、何でもかんでも体験をスポイルしてしまうのか? と、よーく考えてみると、とんでもない。必要性と欲求は違うのだ。
たとえば、皆既日食をあらかじめ計画して見にいく、ということは、天文学的計算と予測がなければあり得なかったことだ。情報は、うまく使われれば、冒険の機会を多様にしてくれる。
「百聞は一見にしかず。」とは古くから言われてきたことだ。情報技術は「見ること/聴くこと」に関して、多くの仮想体験を与えてくれるようになった。それで行った気になっちゃったらヤバいよね。だからこれからは「百見は一感にしかず」なのかも。「情報化しにくい体験」のためにこそ、ITが役立てるといいなと思う。

東泉 一郎(ひがしいずみいちろう)氏。東京に生まれ、理工学を学んだのち、デザイナーに。「はじめてつくるものをつくる」ために働く。速いもの高いところ好き。
さまざまな表現領域と、デザイン、サイエンス、エンジニアリングなどの間を翻訳・橋渡ししつつ、ものづくりやイノベーションに取り組む。
1997年Ars Electronicaにてネットワーク部門ゴールデン・ニカを受賞した"Sensorium project"のディレクターとして、内外各地で実験的インスタレーションを行うほか、日本科学未来館「インターネット物理モデル」、2002 FIFA World Cupのための総合演出デザイン、KDDI "AU design project"コンセプトモデル、JAXA "moonbell"プロジェクトなど、ストリート・音楽・ダンス・映像などに根ざした表現から、先端的研究開発まで、大小を問わずコミュニケーションをデザインする。
また、2014年より「文化庁メディア芸術祭」エンンターティメント部門の審査委員を務めている。

著者:東泉 一郎
構成:高林 孝幸/日暮 敬行
写真:江尻 光

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