企業と顧客のギャップを埋める。マーケティングリサーチが果たす役割とは

株式会社DNPコミュニケーションデザイン
関西CXデザイン本部
谷 ひろみ/Hiromi Tani
DNPコミュニケーションデザイン(以下、DCD)では、企画・制作における、多くのコミュニケーションのプロが活躍しています。そうしたプロフェッショナルたちにスポットライトを当てる企画「D-Professional」。今回は、マーケティングリサーチを通じて企業のプロモーション戦略や商品・サービス設計を支援している、関西CXデザイン本部の谷ひろみに話を聞きました。
【D-Professional】への7つの質問
1. 名前と社歴
コーポレートコミュニケーション業務で培った経験を、新たな領域で
谷ひろみです。
2023年からマーケティングリサーチ業務に従事しています。幼い頃から絵を描くことが好きで、学生時代は美術系の学科を専攻していました。卒業後はモノづくりに関わる仕事がしたいと考え、2005年に新卒でDNPメディアクリエイト関西(現DCD)に入社しました。
2007年から2021年までは、コーポレートコミュニケーション業務に携わり、ディレクターとして統合報告書や会社案内などの制作を担当。企業の専門的な情報を多く扱う中で、学生時代に培ったデザインの知識を活かし、ステークホルダーにわかりやすいツールづくりを常に心がけていました。その経験は、現在のマーケティングリサーチの業務にも活きていると感じています。

2. 手掛けている業務
マーケティングの上流から下流まで、あらゆるフェーズに伴走するリサーチ
商品開発におけるニーズ調査やコンセプト調査、ブランドイメージ調査、広告効果の測定、顧客満足度調査など、企画・開発から市場導入後の評価まで、マーケティングの幅広いフェーズで調査業務を行っています。「顧客はどのようなニーズを抱えているのか?」「どのようなプロモーション施策が最適なのか?」といった疑問に対し、事実にもとづいた意思決定をできるようサポートすることが私たちの役割です。
基本的にはDCDのディレクターとともに仕事を進めていますが、クライアントから直接ご相談をいただくこともあります。依頼を受けた際は、まずリサーチの目的を一緒に整理するところから始めます。「何を明らかにしたいのか」「調査結果をどのように活用するのか」といったポイントを擦り合わせた上で、最適な調査方法や設問を設計します。リサーチは事前の設計が成功の鍵を握りますので、調査で目的を満たせるよう慎重に進めています。
調査方法は、大きく分けて2種類あります。多くの対象者からデータを集め、数値化して分析する「定量調査」と、個々の対象者へのインタビューや行動観察を通じて、行動の背景にある意味や理由を読み解く「定性調査」です。現在はWeb上でリサーチを完結できるツールが充実しており、スピーディーかつ安価に調査が行えるようになりました。ただ、プロモーション企画を検討する際は、実際に店舗へ足を運び、一人の消費者となって商品やサービスを体験することも大切にしています。自分自身が顧客体験(CX)を得ることで、顧客理解をより深めることができますからね。

実際の業務では、アンケート調査(定量調査)とインタビュー調査(定性調査)を組み合わせるケースが増えています。例えば、ご相談の段階では顧客に対する理解が浅く、何が効果的なのか見当もつかない場合。まずはインタビューで顧客を深く理解し、そこで得た仮説をアンケートで検証する、という方法を提案しています。
一方で、「市場における自社ブランドのポジションを知りたい」など課題が明確な場合は、先にアンケートを実施。現状を把握したうえで、そのような状況が生まれている原因を、インタビューで顧客の声から探っていく。このように複数の手法を組み合わせることで、現状や原因の把握、仮説の構築から検証まで一貫してサポートしています。
3. あなたの強みは?
好奇心を原動力に。拾い上げた声を伝わるかたちにする力
そもそも「知りたい」という気持ちが強いんですよね。顧客が何を考えているのか、どんなことに悩んでいるのか、本質にたどり着けるまで深掘りするようにしています。とはいえ、そう簡単に答えは得られませんので、調査手法を変えたり、データの抽出の仕方を工夫したりと、さまざまな角度からアプローチが必要です。が、この地道な作業が全然苦じゃないんですよ。むしろ、まったく自分では想像していなかった想いや価値観に出会えることが楽しくて。
また私の場合は、統合報告書の制作などで培った「理解力」と「分析力」がすごく役立っています。これまでBtoB、BtoCを問わずさまざまな業界の案件を担当する中で、企業ごとの戦略やビジネスモデルの違いを学び、ロジカルなストーリーとして組み立てる力を身に着けてきました。この経験のおかげで幅広い業界の案件もスムーズに対応できていますし、リサーチ結果をお伝えする際も、説得力のある提言ができていると自負しています。
4. 携わったプロジェクト
ユーザーの声がヒントに。リサーチを活かした改善提案
マーケティングリサーチがどのように商品・サービスの開発やプロモーション戦略の立案に役立てられているのか、2つの事例をご紹介したいと思います。
①プロモーション戦略の新たな切り口を探るリサーチ事例
1台・数万円する食品用の高価格帯ミキサーの新製品発売にあたり、プロモーション施策の企画・立案をサポートさせていただきました。クライアントが当初想定していた顧客層は、「世帯年収1,000万円以上の健康志向が高い20~30代女性」。しかし、リサーチを進めるとすでに競合他社が同じ顧客層に対し、強力なプロモーションを展開していることがわかりました。

「先行する競合他社と同じ土俵で戦っても、シェア拡大は難しいかもしれない」と感じていたとき、社内で「市販の野菜ジュースは、ボディメークに良くない」という男性社員の声を耳にしました。その瞬間、「男女関係なく、食事に気をつかう人であれば、身体に良い手作りのスムージーを飲みたいのでは」とひらめいたんです。ただ、ミキサーに興味を持つ男性がいるのか、まだ半信半疑ではありました。そこで、対象を男性にも広げて調査を実施したところ、健康のためにスムージーを飲む習慣がある男性の間で「ミキサーにお金をかけてもよい」と考えている人が一定数いることがわかったのです。

この調査結果をもとに、「男性会社員向けのプロモーション施策」を提案。競争の激しい市場から一歩ずらし、新たな顧客層にアプローチする切り口を示すことができました。
②アウトプットの質を向上させたリサーチ事例
医療用品が掲載されたカタログについて、メインユーザーである看護師へのインタビューをもとに改善提案を行いました。カタログを発行する企業は「ページ数が増えても、あらゆるカテゴリーの商品が網羅されている方がよい」と考えていましたが、実は現場の看護師が見るのは一部分のみ。ページ数が多いことで「カタログが重くて持ち運びづらい」「必要な商品を探すのに時間がかかる」という弊害が発生し、業務効率にも悪影響を及ぼしている実態が明らかになりました。
この調査結果をもとに、カタログの分冊化やデジタル化を提案。現場の声に裏打ちされたアイデアとして、医療現場の負荷軽減にもつながる施策を示すことができました。
5. 譲れないこだわりは?
バイアスを取り除き、言葉の奥にある本質を探り出す
私がリサーチをする上で意識しているのは、一人ひとりの声に真摯(しんし)に耳を傾けることです。一人ひとりの声を大事にしたい、たとえ少数であってもその声をむげに扱うことはしたくない、という思いはすごくあります。特に、対象者の本音に迫るインタビュー調査では、相手の発言を否定せず、寄り添い、心を開いて話してもらう傾聴スキルが重要です。時に相手のことを勝手にわかったような気になってしまいますが、少し話を聞いただけで「あなたはこういう人でしょ」と決めつけられるのは不愉快ですよね。なので、できるだけ自分の思い込みや価値観は捨てて、謙虚な気持ちで対象者と向き合うよう心がけています。
それと、リサーチでは顧客に答えを求めてはいけないと思っています。「どんな商品やサービスがあったらいいですか?」とダイレクトに聞くのではなく、話してくださった内容をヒントに、解決策は私たちで考える。マーケティングの世界では「ドリルの穴理論」(下図参照)が有名ですが、「顧客の潜在的なニーズは表にあらわれない」という教えは、肝に銘じています。まるで探偵みたいだなと思ったりもしますが、顧客の言動や行動の痕跡から一歩ずつ真実に近づいていく、それが私たちリサーチャーのあるべき姿だと感じています。

6. あなたにとってプロジェクトの成功とは?
新しい発見だけでは不十分。価値が生まれてこそ意味がある
プロジェクトの成功を一言で表すのは難しいですね。というのも、リサーチを実施して新しい発見が得られたとしても、実際に戦略を立案・実行して、顧客から良い反応が返ってくるまでは「成功」とは言えないからです。リサーチは、あくまでマーケティングを成功に導くための手段の一つ。ただ「面白い結果が出た」だけでは、価値は生まれません。重要なのは、調査によって顧客理解が深まり、より良い顧客体験を提供できるようになること。そのときに初めて、プロジェクトが成功したと言えるのではないでしょうか。

7. 今後挑戦していきたいことは?
リサーチの力で、心を動かすマーケティングの一助に
心を動かすマーケティングのお手伝いがしたいと考えています。一方で、人の心を動かすのは簡単ではないことも承知しています。人はいつ心を動かされるのか…それは「その人を想う気持ち」が通じたとき、つまり、「自分のことを想い、深く知ろうとし、考え抜いてくれた」と相手が実感したときではないでしょうか。例えば、プレゼントをもらう場合。ただ高価なものよりも、「どうして私の欲しいものがわかったの?」「こんなに私のことを考えてくれたんだ」と感じられるものの方が、ずっとうれしく、心に残りますよね。誰かを喜ばせるためには、まずその人を知る必要がある。マーケティングも同じだと考えています。
ただ、顧客が求めているものと、企業が提供するものがズレてしまうことは少なくありません。だからこそ私は、リサーチの力で顧客の声を拾い上げ、顧客と企業をつなぐ架け橋になりたい。想いに共感していただける方がいれば、ぜひ一緒にお仕事ができるとうれしいです。
- 注釈2025年4月時点の情報です。