リアル×デジタルで解決するオーバーツーリズム。社会課題の解決に挑む「デザインの力」

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株式会社DNPコミュニケーションデザイン
第2CXデザイン本部
課長 谷中 賢人/Masato Taninaka

政府の観光促進策や円安を追い風に、国内外の多くの観光客でにぎわう日本各地の観光地。その一方で、オーバーツーリズムによる自然環境の悪化や地元住民への負担、立ち入り禁止区域への不法侵入などが問題となっています。

今回ご紹介する広島県廿日市(はつかいち)市の宮島もそのひとつ。世界遺産・厳島神社があるこの場所でも、国内外の観光客によるゴミ問題が深刻化しています。この宮島での問題の解決に向け、BIPROGY株式会社(以下、BIPROGY)はIoTスマートゴミ箱「SmaGO(スマゴ)」導入プロジェクトを推進し、DNPコミュニケーションデザイン(以下、DCD)は、こちらのクリエイティブを担当しました。

宮島の環境を守るために、デザインの力でどのように人の行動を変化させたのか—本記事では、プロジェクトの背景や取組み、成果についてDCDの担当デザイナーである谷中 賢人に話を聞きました。

  • 注釈「SmaGO(スマゴ)」は、株式会社フォーステックの登録商標です

1. 景観と鹿の命を守るために。宮島のオーバーツーリズムに立ち向かう

まず、 このプロジェクトが始まった背景を教えてください。

このプロジェクトは、環境省のモデル事業としてスタートしました。廿日市市が直面していた大きな課題、それは観光客によるゴミのポイ捨てでした。景観が損なわれるだけでなく、そのゴミを誤って食べた鹿が命を落とすという、非常に深刻な事態が発生していたんです。「この問題をなんとかしなければ」という思いから、まず動いたのが同じDNPグループのBIPROGY。彼らがIoTスマートゴミ箱「SmaGO」を活用したオーバーツーリズム対策を提案したことが、このプロジェクトの始まりです。

「SmaGO」はどのような特徴を持つゴミ箱なのでしょうか?

太陽光発電機能やゴミの圧縮機能、容量の監視機能など、さまざまな技術が詰めこまれたゴミ箱です。同じサイズのゴミ箱よりも多くのゴミを収容できる上、集積状況をリアルタイムで把握できるため、効率的なゴミ回収が可能なんです。その利便性から、都市部や観光地など、人が多く行き交う場所での導入が進んでいると聞いています。

今回のプロジェクトで、DCDはどのような役割を担っていたのでしょうか?

宮島のゴミ問題を根本的に解決するために、DCDに求められていたのは、単にゴミ箱のデザインを考えることではなく「ゴミ箱に捨てたくなる環境をデザインすること」。さらに、「ゴミを持ち込まない・増やさない・散らかさない」というマナー啓発を進めることの2つ。

宮島口旅客ターミナルとTOTO宮島おもてなしトイレに設置されるSmaGO、さらにフェリー乗り場のデジタルサイネージを活用し、観光客がゴミ問題への理解を深めながら、自然とゴミ箱を利用し、進んで分別できる仕掛けをつくることが主な役割でした。

具体的には、SmaGOのラッピングデザインをはじめ、ポスターやデジタルサイネージ動画の制作など、プロジェクト全体のクリエイティブを手がけました。さらに、外国人観光客を意識し、社内の多言語対応チームとも連携。異なる文化や習慣を持つ方々にも伝わるデザインをめざしていました。

2. リアル×デジタルでかなえる「ゴミ箱に捨てたくなるデザイン」

観光客の「ゴミ箱に捨てる行動」を促すために、どのようにデザイン制作を進めましたか?

まずは、現地の状況を詳しく知ることから始めました。BIPROGYのメンバーや営業チームが撮影してきた現地の写真や動画をもとに、課題を細かく整理。制作期間はわずか2週間というタイトなスケジュールでしたが、各チームが密に連携し、何度もディスカッションを重ねました。

その中で「ゴミ箱はトイレに似ている」という面白い意見が出たんですよね。ゴミというのは食後の排せつ物と同じ立ち位置で、ゴミ箱は排せつ物を処理する場所と考えたら、どこか恥ずかしさが伴う存在と言えるのではないか、と。「ゴミを捨てる」という行為は、本能的にネガティブな感情を抱きやすいのだなと気づきがありました。

そうした気づきは、デザインにどのように反映されているのでしょうか?

前提として、宮島には美しい景観を守るための意匠や色彩に関する厳しい規制が多く、それらのルールにのっとったデザインであることが欠かせません。その上で、「ちゃんとゴミ箱に気づいてもらうこと」と「ゴミ箱を利用したくなること」を目標に、2つのポイントを意識しました。

1つ目は、宮島の景観に溶け込ませながらも、いい意味で「違和感」を残すこと。多くの方は観光を楽しむことに夢中で、ゴミ箱のことを気にする余裕なんてありません。そのため、SmaGOを見たときに「あれはなんだろう?」とまず気づいてもらうことが大切です。そうした違和感を生むために「ゴミ箱らしくないシンプルでおしゃれなデザイン」を追求しました。美しいものは誰にとっても好印象ですし、ゴミ箱にありがちな「汚い」「使いたくない」といったネガティブなイメージを和らげる狙いも込めていましたね。

「ゴミ箱らしくないシンプルでおしゃれなデザイン」を追求

2つ目のポイントは、誰でも簡単に正しく分別できる工夫です。ゴミ箱の配置順が決まっているSmaGOの仕様を逆手にとり、ゴミの分別方法を点線で案内するデザインを採用。「ここをたどれば正しい場所に行ける」という視覚的なガイドをつくりました。子どもの頃を思い出してみてほしいのですが、点線をみつけると思わずたどってしまった経験はありませんか?そのような人間が本能的に持っている好奇心をくすぐる仕掛けを取り入れました。

誰でも簡単に正しく分別できるようゴミの分別方法を点線で案内したデザイン

デジタルサイネージをどのように活用したかについても教えていただけますか?

フェリー乗り場に設置されたデジタルサイネージには、大きく3つの役割を持たせています。

フェリー乗り場に設置されたデジタルサイネージの写真

それは「ゴミ箱の位置を案内すること」「ゴミの正しい捨て方を伝えること」そして、「ゴミの持ち込みで起こる弊害を啓発すること」。ただ場所を示すだけでは終わらない、観光客の行動を変えるためのツールとして設計しました。

ゴミ箱自体に情報を詰め込みすぎると、見た目が損なわれたり、読まれずに終わる可能性も高いですよね。そのため、廿日市市が伝えたいメッセージはサイネージで補完。動きのあるビジュアルやアニメーションを使い、視覚的に楽しみながら情報を受け取れる工夫をしています。

デジタルサイネージで流したメッセージ動画(1:00)

また、「なぜゴミを適切に捨てるべきなのか」を伝えることも重要視しました。たとえば、ポイ捨てが原因で鹿が命を落としているという事実を伝えるだけで、観光客の意識は大きく変わるでしょう。ルールを押し付けるだけでなく、その背景や理由を丁寧にセットで伝えることで、自然に「ゴミを適切に捨てよう」という意識が芽生える仕掛けをつくっています。

3. 多言語チームと連携し、外国人観光客の思考を読み解く

外国人観光客を意識する上では、どのような配慮が必要でしたか?

本能的な部分で抱く感情については、日本人も外国人も大きな差はないと感じています。ただ、社内の多言語チームと連携する中で「伝わるデザイン」と「伝わらないデザイン」の違いに改めて気づかされることが多かったですね。

たとえば、ペットボトルをそのまま捨ててはいけないことを示す「✕」マーク。日本では「禁止」を意味しますが、多言語チームからは「文化や地域によっては、異なる意味に受け取られる可能性がある」とのアドバイスを受けました。そのため、あらぬ誤解を避けるために世界的にも共通する「スラッシュ」マークへ変更しています。

外国人観光客が見たときに不自然さを感じない表現を心がけるのはもちろんですが、文化や地域の違いによって「意図しないネガティブな伝わり方」を防ぐことも大切です。そのため、デザイン制作の過程では必ず「ネガティブチェック」を行い、誤解や違和感が生じないかどうかを徹底的に検証しましたね。

そうした文化の違いを把握するために、他にも取り組んでいたことはありますか?

多言語チームに協力を依頼し、在日外国人の方々に直接ヒアリングできる場をセッティングしてもらいました。そこでわかったのは、分別の文化が根付いていない国が多いということ。さらに、「ペットボトルのラベルを剝がす」という行為に対しては「常に爪を短くしているから物理的に難しい」といった意見が出てきたんですよ。実際に聞いてみないと気づけない意外な発見ばかりでしたね。

また、日本人は周囲に合わせて行動する傾向が強い一方で、外国人は「自分の考え」を大切にする傾向にあります。そのため、「ルールだから守る」というだけの理由で、彼らの行動を変えることは難しいんですよね。文化の違いを理解し、その上で「どうすれば自然に行動を促せるのか」を考えることは、とても重要だと改めて感じました。

タイトなスケジュールにも関わらず、しっかりヒアリングされているのは驚きでした。

これこそ、DCDの強みを最大限に活かせた部分だと思います。同じオフィスに多言語チームのメンバーがいて、すぐに相談できる環境が整っているんです。「この表現で本当に伝わるのかな?」と疑問を感じたとき、すぐに専門家に確認して、その結果を迅速にデザインに反映できる。このスピード感のあるサイクルを短期間で回せるのは、DCDならではだと感じています。

4. デザインの力で、暮らしに幸せを届けていきたい

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このプロジェクトの反響はいかがですか?

現時点ではテレビやプレスリリースを通してですが、観光客が実際にゴミを分別している様子を見ることができて「この取組みがしっかり役に立っている」と実感しましたね。ただ、その一方で、いくつかの改善すべき点も見えてきました。ただ、こうした改善点が浮かび上がってきたこと自体も、私たちにとっては一つの成果だと感じています。

「つくって終わり」にしない姿勢ですね。

まさにその通りです。今回の導入プロジェクトはあくまでスタート地点であり、ゴールは「ポイ捨てを減らし、地域の環境を改善すること」。各アイコンの視認性をさらに高める工夫や、ゴミ分別の案内をもっとわかりやすくするなど、現地の声をもとにブラッシュアップしていく予定です。検証と改善を繰り返して、宮島のゴミ問題解決に少しでも貢献できればと考えています。

このプロジェクトを通じて得た経験を、今後どのように活かしていきたいですか?

今回のプロジェクトで得た経験や成功事例を他の地域に広め、「デザインにはこうした力があるんだ」と感じてもらいたいですね。デザインが社会課題の解決にどれだけ役立つのか、その可能性をもっと多くの方に知っていただきたいなと思っています。

特に、行政や自治体などの公共性の高いプロジェクトでデザインが活用される場が増えれば、ちょっとした工夫で過疎化した地域を元気にしたり、環境問題で悩む人々の暮らしを良くしたり…社会全体にポジティブな変化を生み出していけるのではないかな、と。より多くの地域や人々に幸せを届けられるように、これからも日々デザインに取り組んでいきたいと考えています。

  • 注釈2025年6月時点の情報です。

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