AI時代に求められる「つなぐ力」

~AIは速くなったのに、業務は速くならない。その理由をコンテンツ業務の構造から考える~

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生成AIの進化によって、コンテンツ制作のスピードは飛躍的に向上しました。広告バナーや動画、コピーなど、多くのコンテンツは短時間で生成できるようになっています。しかし企業の現場では、ある違和感が生まれています。

「AIは速くなったのに、業務はそれほど速くなっていない。」

その背景には、AI、人の判断、ルール、データといった要素が分断されているという構造があります。当コラムでは、この課題を「コンテンツサプライチェーン」という視点から整理し、AI時代に求められる「つなぐ力」について考えてみたいと思います。 

1. AIは速くなったが、業務は速くなっていない

「AIの進化と企業の停滞:拡大する「速度格差」の衝撃」を表す図表

生成AIの進化によって、コンテンツ制作のスピードは劇的に向上しました。広告バナー、記事、動画の制作、コピーライティングなど、これまで時間をかけて作っていたコンテンツの多くは、AIの支援によって短時間で作成できるようになっています。

しかし企業のマーケティング現場では、ある違和感が生まれています。
「コンテンツは速く作れるようになったのに、仕事全体はそれほど速くなっていない。」
この感覚を持っている方は少なくないのではないでしょうか。

実際のコンテンツ運用の現場を見てみると、制作だけが業務のすべてではありません。
企画、制作、審査、修正、管理、配信、効果測定・・・コンテンツはこうした複数のプロセスを通過しながら運用されていきます。

生成AIは確かに「制作」という工程を大きく変えました。しかし、それ以外のプロセスは従来のまま残っていることが多く、結果として業務全体のスピードは思ったほど向上していないのです。つまり、AIが変えたのは「制作の速度」であり、企業のコンテンツ運用を支える「業務構造」そのものではないと言えるでしょう。

問題は、AIではなく、コンテンツ運用を支える業務の「流れ」にあるのかもしれません。

2. コンテンツ業務はなぜ止まるのか

では、なぜ企業のコンテンツ業務は思うようにスピードが上がらないのでしょうか。理由の一つは、コンテンツ業務が多くの部門とプロセスにまたがっていることにあります。

例えば、広告クリエイティブ一つを公開するだけでも、実際にはさまざまな工程が存在します。マーケティング部門が企画を立て、制作部門がコンテンツを作り、法務やブランド管理部門が審査を行い、その後に配信担当が媒体へ展開し、最後に効果測定が行われます。

それぞれのプロセスは決してムダではありません。品質やブランドを守るために必要な工程です。しかし問題は、これらの工程が個別に存在していることです。企画は企画、制作は制作、審査は審査。それぞれの部門が独立して動いているため、コンテンツはその都度「受け渡し」されながら進んでいきます。この受け渡しのたびに、確認や修正、再依頼が発生します。結果として、コンテンツ業務はスムーズな流れではなく、断続的に止まりながら進むプロセスになりやすいのです。

生成AIによって制作スピードが上がったとしても、こうした業務構造が変わらなければ、全体のスピードは大きくは変わりません。つまり、企業のコンテンツ業務の本当の課題は、個々の作業ではなく、業務プロセス全体のつながり方にあるのです。

3. AI時代の新たなボトルネック:意思決定

「AI時代のビジネスプロセス:意思決定のボトルネック」を表す図表

では、こうしたコンテンツ業務の停滞は、どこで生まれているのでしょうか。多くの場合、制作そのものではありません。むしろ、業務が止まりやすいのは 「判断」 の場面です。AIは制作を高速化しました。しかし企業のコンテンツ業務は、人の判断を通過しながら進む構造を持っています。

例えば、広告クリエイティブのレビューを考えてみてください。
この表現はブランドに適しているか。
このコピーは誤解を生まないか。
この画像は企業のトーン&マナーに合っているか。

こうした判断は、企業のブランドや経験、暗黙知にもとづいて行われることが多く、明確なルールとして整理されていない場合も少なくありません。そのため、コンテンツは制作されたあと、人のレビューを待つことになり、修正や差し戻しが繰り返されます。結果として、業務の流れは断続的に停止してしまいます。

ここで重要なのは、問題は「人の判断そのもの」にあるわけではないということです。むしろ企業にとって、その判断は重要な資産です。ブランドを守り、品質を維持し、企業らしさを形作るのは、まさにこうした判断だからです。しかしその一方で、その判断が人の経験や感覚の中にとどまっている限り、業務のスピードは人の処理能力に依存してしまいます。

AI時代のコンテンツ運用において本当に必要になるのは、この「判断」をどのように整理し、共有し、業務の流れの中で活用できる形にするかという視点なのかもしれません。 

4. 企業コンテンツ運用を支える二つの知識

「企業コンテンツ運用の意思決定構造:2つの知識統合」を表す図表

では、企業のコンテンツ業務における「判断」とは、どのようなものなのでしょうか。実際の業務を整理してみると、企業の意思決定には大きく二つの種類の知識が存在していることに気づきます。

一つは、ルールとして明確に定義されている規範知識です。
例えば、法務チェックの基準、ブランドガイドライン、表現規定、コンプライアンスに関するルールなどがこれにあたります。こうした知識は企業の公式ルールとして整理され、誰が見ても同じ判断ができるように定義されています。

もう一つは、経験や感覚にもとづく判断知識です。
「この表現はブランドらしいか」「この構図は安心感を与えるか」「このコピーは顧客に伝わるか」といった判断は、多くの場合、担当者の経験やマーケティング感覚にもとづいて行われています。

これまで多くの企業では、ルール知識は文書やガイドラインとして整理されてきましたが、判断知識は個人の経験の中に蓄積されることが多く、組織全体で共有されることはあまりありませんでした。しかしAI時代においては、この構造が変わり始めています。AIを業務の中で活用していくためには、企業が持つ判断の基準や考え方を整理し、データとして扱える形にする必要があるからです。

企業のコンテンツ運用を進化させる鍵は、単にAIを導入することではなく、こうした二種類の知識――規範知識と判断知識――をどのように整理し、活用できる形にするかにあるのかもしれません。

5. コンテンツサプライチェーンという発想

「コンテンツ・サプライチェーンの統合モデル:制作から最適化までの循環フロー『コンテンツ・サプライチェーン・オーケストレーション』」を表す図表」

ここまで見てきたように、企業のコンテンツ業務には多くの工程が存在しています。企画、制作、審査、修正、配信、効果測定。これらは本来、ひとつの流れとして機能するべきものです。しかし実際の企業では、これらのプロセスが部門やツールごとに分断され、コンテンツは工程ごとに受け渡されながら進んでいきます。その結果、業務は断続的に停止し、全体のスピードが上がりにくくなります。

こうした構造を理解する上で参考になるのが、「サプライチェーン」という考え方です。
製造業では、原材料の調達から製造、物流、販売までの流れを一つの連続したプロセスとして設計します。これをサプライチェーンと呼びます。同じように、企業のコンテンツ業務もまた、ひとつの流れとして設計することができます。企画から制作、審査、配信、分析までを個別の業務としてではなく、「コンテンツサプライチェーン」としてとらえるという視点です。

この視点に立つと、AIの役割も少し違って見えてきます。
AIは単にコンテンツを生成するツールではなく、コンテンツ制作、意思決定、ルール、データといった要素をつなぎ、業務全体の流れを支える存在として位置づけることができるからです。つまり、AI時代のコンテンツ運用において重要なのは、個々のツールを導入することではなく、コンテンツ業務全体をひとつのサプライチェーンとして設計することなのかもしれません。

6. AI時代に求められる「つなぐ力」

「AI時代に求められる「つなぐ力」」を表す図表

ここまで見てきたように、企業のコンテンツ業務は多くの工程から成り立っています。制作だけではなく、判断、ルール、配信、データ活用といったさまざまな要素が関わりながら、コンテンツは企業の中で運用されています。

AIの進化によって、コンテンツ制作そのものは大きく変わり始めました。しかし企業のコンテンツ業務全体を見ると、依然として多くのプロセスが分断されたまま残っています。その結果、AIは導入されているのに業務の流れは大きく変わらない、という状況が生まれてしまいます。

これからの企業に求められるのは、単にツールを導入することではなく、こうした業務の流れそのものを設計する視点です。コンテンツ制作、意思決定、ルール、データ、AI。それぞれの要素を個別に考えるのではなく、ひとつの流れとしてつなぎ、業務を完結させる構造をつくること。言い換えれば、それは「つなぐ力」と言えるのではないでしょうか。

AI時代の競争力は、AIそのものではなく、人の判断、企業の知識、そしてAIをどのようにつなぎ、業務の流れを生み出せるかにかかっているのかもしれません。

まとめ:AI時代のコンテンツ運用をどう考えるか

生成AIの進化により、コンテンツ制作のスピードは確かに大きく向上しました。一方で企業の業務全体を見ると、必ずしも同じ速度で進化しているとは言えません。その理由の一つは、AI・データ・人の知識が十分につながっていないことにあります。

近年、LLM(※)は非常に大きな価値を生み出す可能性を持ちながら、同時に誰もがアクセスできるコモディティにもなりつつあります。企業にとってこれは、これまでにあまり経験したことのない競争環境と言えるでしょう。

AIの性能そのものでは差がつきにくくなる中で重要になるのは、AIをどのように業務の中に組み込み、人と知識とデータをつなぎながら価値を生み出していくかというケイパビリティです。AIの進化を単なるツールの進化としてとらえるのではなく、AIと人が協奏する新しい業務構造として設計できるかどうか。その鍵となるのが、本コラムで述べてきた「つなぐ力」なのではないでしょうか。

  • 注釈LLM(Large language Models/大規模言語モデル):膨大なテキストデータを学習し、人間のように自然な文章を理解・生成できるAI技術
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株式会社DNPコミュニケーションデザイン コンテンツDX本部

小野 友剛/Tomotake Ono

マーケティングDXストラテジスト

外資系DWHベンダーや日本のSIerで営業・マーケティングDXを推進し、戦略立案からシステムの導入、実行までを経験。その後、DNPで事業部のマーケティングDX戦略の策定・実施、推進を担当し、DX革新の旗振り役も担う。全体戦略、ジャーニー策定、サイト企画、コンテンツ戦略など上流を中心に推進。CMS・MA・BI・マーケティングデータなどのツール選定・導入を行い、自社の経験を生かして顧客企業への営業も推進する。MAを活用したリードジェネレーション/ナーチャリングやインサイドセールス部門との連携による営業最適化も推進。

  • 注釈2026年4月時点の情報です。

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