コラム

Webアクセシビリティのスペシャリストが語る!
2024年の改正法施行を機に注目を集める「Webアクセシビリティ」の重要性とは?

2024年4月の障害者差別解消法の改正法施行をきっかけに、今「Webアクセシビリティ」が注目を集めています。Webアクセシビリティとは何なのか、法改正はWebアクセシビリティとどのような関係があるのか、そしてなぜWebアクセシビリティに注目する必要があるのかについて、有識者をお招きしてお届けします。

本記事でお話を伺ったのは、Kaizen Platformグループの株式会社ディーゼロの(左から)谷口様、坂井様、平尾様。ディーゼロは、2023年に大日本印刷株式会社(以下、DNP)・DNPコミュニケーションデザイン(以下、DCD)と協業を開始したWebサイトの企画・制作などをおこなうWebクリエイティブカンパニーです。これからの協業に期待することも含め、Webアクセシビリティの第一線で活躍されているお三方の声をお伝えしていきます。

▼プロフィール
株式会社ディーゼロ
2000年創業。2019年よりDNPと業務資本提携を結んでいる 株式会社Kaizen Platformのグループ会社。福岡・東京を拠点にWebサイト制作・企画・マーケティングをおこなう。

取締役 デジタルコンサルタント
谷口様

執行役員 サステナグロースユニットリーダー
坂井様

執行役員 フロントエンドエンジニア・Webアクセシビリティエンジニア
平尾様

1.Webアクセシビリティ向上とは、誰でも使えるWebサイトにすること。

― 今注目を集めているWebアクセシビリティとは、どういったものでしょうか?

平尾:簡単な言葉で言うと、「誰でもWebサイトが使えること」ですね。ECサイトなら購入、問合わせページなら問合わせがユーザーの目的です。こうした目的を「誰もがすばやく達成できる状態をつくりましょう」というのが、Webアクセシビリティなのです。

谷口:実はWebアクセシビリティは、インターネットができた頃から存在している言葉。最初は、「障害を持っている方や高齢者でも使いやすい」という文脈で捉えられていました。しかし近年は、さまざまな啓発活動のおかげもあり、もっと幅広い意味で「どんな人にとっても使いやすいものにする」と認知されるようになってきたんです。

最初は障害を持っている方に向けて研究されていたアクセシビリティ技術が応用され、健常者の間でも活躍するようになったという事例があります。その代表がスマートスピーカー。もともと視覚障害のある方のために開発され、画面のテキスト読み上げ機能が用いられています。身近なところではYouTubeの動画に表示されている字幕は最近、自動生成できるようになっています。さらに、翻訳までもできるように進化してきましたね。

坂井:Webアクセシビリティには、「ヒューマンリーダブル」と「マシンリーダブル」という2つの考え方があります。前者は「ヒトが使える・ヒトが心地よく感じられる設計」で、後者は、「機械がきちんと情報を読み取れる設計」を指します。「マシンリーダブル」にも配慮することで、自動生成やAIが正確に読み取れることに寄与し、SEOや画像検索上位表示にもつながるというメリットがあります。「ヒューマンリーダブル」「マシンリーダブル」のどちらにも配慮することが重要です。

― 近しいイメージを持つ「ユーザビリティ」とは、どのような違いがありますか?

平尾:「ユーザビリティ」と「アクセシビリティ」は、グラフの縦軸と横軸に分けて捉えることができます。下から「使えない」「使える」「もっと使える(使いやすい)」という縦のレベルに分けられるのがユーザビリティ。目が見えない人、耳が聞こえない人、別の特性を持つ人……と横軸の項目として捉えられるのが、アクセシビリティです。使いやすさの程度の話をする前に、そもそも使うことができないとユーザビリティを測る土俵にも上がれません。まず、横軸のなるべく多くの項目を「使える」地点まで到達させようというのが、アクセシビリティ向上の取り組みなのです。

引用:「見えにくい、読みにくい「困った!」を解決するデザイン」(初版)マイナビ出版 著者: 間嶋 沙知

― 現在のWebアクセシビリティを取り巻く環境を教えてください。

坂井:近年は、Webアクセシビリティを意識する企業も増えてきました。特に、銀行などの金融機関や公共性の高いサービスを提供する企業は、国内において取り組みが進んでいると思います。とはいえ、ユーザー視点で考えると、まだまだ課題があるといえます。
たとえば、Webに慣れている人なら簡単に入力できるフォームも、高齢者が操作すると完了にたどりつけない、なんてこともよくあります。使えない人は決してマイノリティではありません。むしろ高齢社会においてはどんどんマジョリティになっていく。そう考えると、こうした人たちに配慮しないサイトは、そもそも存在する価値があるのか?という疑問が湧いてきますよね。届けたい相手がいるからこそ、アクセシビリティを意識するようになっていく。これは自然な流れとして波及していくかなと考えています。
経営の観点でそういったことに敏感な企業や、社会インフラとしての役割が大きい銀行などの金融機関は、すでに取り組みを始めています。

2.法改正はあくまでもきっかけ。第一歩はまず、誰でも声を届けられる環境をつくろう。

― 2024年4月1日に施行される障害者差別解消法の改正。これに伴ってWebアクセシビリティに取り組まなければならないと考えている企業も多いかと思います。

平尾:はじめにひとつ、認識を合わせなければいけないポイントがあります。実は、今回の法改正には「Webアクセシビリティをやらなければならない」とは一切書かれていません。一方で、これを機にWebアクセシビリティが注目を集めているのには理由があります。本改正では、これまで努力義務だった「事業者による障害のある人への合理的配慮の提供」が義務化されます。Webアクセシビリティはこの合理的配慮と結びつきやすいために注目を集めていると考えています。もちろん何がきっかけであろうとアクセシビリティを意識する人が増えるのは良いこと。ただ、「法律が変わったからやらなければいけない」というわけでないことは認識してもらいたいです。

合理的配慮とは、例えばお客さまなどから「私たちはここに困っているので、これを解決したいです」と言われたときに「一緒に検討しましょう」と応えることを言います。つまり合理的配慮が発生するのは、当事者の声が上がったとき。「自発的にアクセシビリティを整備すること」は合理的配慮ではなく、障害者差別解消法の中のもうひとつの軸「環境の整備」という努力義務の部分に該当します。では合理的配慮とWebアクセシビリティは無関係なのか……というと、それもまた違うんですよね。

坂井:実は、店舗などでお客さまと接する場面では、 企業は「合理的配慮」の意識をもったうえで、さまざまなサービスを用意したり、お客さま対応したりしています。例えば聴覚に障害のある人等のための筆談サービス。銀行窓口などで「筆談で案内をお願いします」とリクエストすることもできますし、窓口の方が気付いて声をかけるかもしれません。でもこれがデジタルの世界だったらどうでしょうか。そこに人は存在せず、近年は業務効率化のため、電話での問合わせ窓口を設けていないケースも多い。書いてあるのは「Webページからお問合わせください」のみ……そうなると、そもそも「使えません」という声が企業に届かないんです。つまり、どんなに企業側が合理的配慮を提供できるように体制を整えていたとしても、その入り口がアクセシブルでないがゆえに、お客さまの声が届かず配慮もできないということになるのです。だから企業側はまず第一歩として、誰でも声を上げられる環境・窓口をつくることが重要だといえるのではないでしょうか。

― 誰でも声を上げられる窓口を設置する上で理想的な状態は、具体的にどのような状態でしょうか?

平尾:窓口の設置として代表的なのが問合わせフォームですが、もっとも理想的なのは、入力エラーになることなく問合わせが完了することです。たとえば、全角・半角どちらで入力してもOKにして「そもそもエラーが発生しないようにする」など、エラーになる要素を最小限に設計します。また、エラーになったとしても、どこが原因なのか、何個エラーがあるのか、わかりやすくする必要があります。
そのほか、パソコンを利用する際にはマウスを使うことが多いかと思いますが、マウスを使わない人にはどう配慮すべきか。基本的なことではありますが、入力項目の順番通りにフォーカスを当てることや、カーソルが当たったときのハイライト(インジケータ)表示なども実装する必要があります。

3.Webアクセシビリティは、ビジネスのチャンスを大幅に広げうるもの。

― Webアクセシビリティの整備は、経営観点ではどのような影響が生まれると考えていますか?

谷口:Webサイトは、インターネット上のお店のようなもの。軒先がきちんとしていて、スロープがあって、誰もが入って購入ができ、「こうしてほしい」という意見が伝えられる。いろんな状況に置かれた、さまざまな利用者の意見をきちんと吸い上げられる状態をつくることこそが、Webアクセシビリティの取り組みです。こうした意見は、ビジネスの視野を大きく広げてくれるはずです。さらに昨今、高齢化やデジタライズ、ダイバーシティ、グローバル対応など、社会環境が大きく変容するなかで、企業も社会的責任の実践の観点から多様な人がきちんと使えるようにしていこうという流れが生まれつつあります。

坂井:そうですね。IRや広報のトピックとして取り上げられるというのもポイント。最近は人的資本経営やサステナビリティ・CSRの観点から言及している企業も多いですよね。Webアクセシビリティについて発信する際には、完璧に対応ができている必要はありません。まずは単に「アクセシブルなお問合わせフォームを用意しています」「アクセシビリティに配慮したサイトをつくっていきますよ」という発信から始めるのも大きな一歩です。アクセシビリティを重視し、顧客を大切に思っている姿勢を表明することが、経営にいい影響を与えてくれると思います。

谷口:さらに、社内にアクセシビリティの考え方が浸透すれば、アウトプットひとつとっても「これってこういう人には読みづらいのでは?」などの意見が出やすくなると思います。その結果、より多くの人が実際に使える環境が整えられるのではないでしょうか。

坂井:最近では、社内基幹システムや社内用のインターフェースをアクセシブルにしようという動きも活発化してきました。社外だけでなく社内もアクセシブルに変えていけば、採用という観点でもプラスに働くと考えています。

4.はじめは、Webアクセシビリティの健康診断から。

― Webアクセシビリティ向上に取り組むためには、何から始めればよいでしょうか?

坂井:まずはご自身が担当しているWebサイトのアクセシビリティが、どんな状態かを確認することが重要です。健康診断のように、自分の身体の状態をチェックするイメージですね。当社でも、こうした健康診断を提供してどこに課題があるかをお伝えすることから始めています。

平尾:Webアクセシビリティの健康診断というと、イメージしにくいかもしれませんが、実際にはW3C(※1)というWeb技術に関わりの深い国際的な団体があり、そこにWebアクセシビリティの50項目以上の達成基準をもつガイドライン(※2)があります。
日本には、JIS規格にその翻訳版が入っているので、その項目に沿って診断します。ただ、我々の独自のノウハウや知見などをもとにした診断も同時に行っていきます。

(※1)World Wide Web Consortium
(※2)Web Content Accessibility Guidelines 略称:WCAG

― いきなり何かをつくるのではなく、診断をお願いする簡単なところからのスタートが良いのですね。

谷口:はい。ただ、診断だけで終わらせないでほしい、というのが私たちからのお願い。人は何のために健康診断に行くかというと、その結果を見て今後の身体を見直したいからですよね。Webアクセシビリティの診断もそれと同じ。診断では、カラーコントラストを調整しましょう、alt属性(画像のテキスト情報)をきちんと表示させましょう、といった具体的なアクションを提示しますから、それを一緒に改善していきたいと考えています。

平尾:「ここが悪いですよ」と伝えてすぐ病院の外に追い出すようなお医者さんにはなりたくなくて(笑)。やるからにはきちんと治していきましょう、というのが私たちのスタンスなんです。

5.DCDとのタッグによる支援で企業経営に追い風を。Webアクセシビリティを常識に。

― DNP・DCDとの協業には、どのような展開を期待していますか?

坂井:「情報を正しく・広く伝える」という観点では、紙もWebも基本は同じだと思っています。そこに、長らくコーポレートコミュニケーション・コーポレートブランディングの領域でさまざまなコンテンツを制作し、「ユニバーサルデザイン」や「IGUD」(※3)にも取り組まれてきたDNP・DCDさんの強みと、私たちのデジタル領域での強みが合わされば、そこに新たなシナジーが生まれるのではないか。そんな期待をしています。

(※3)インフォグラフィックス(IG)とユニバーサルデザイン(UD)を融合したDNP独自のデザインメソッド

またDNP・DCDさんは、クライアントの経営課題やビジネス上の要件を踏まえて適切な提案ができる、知見や技術、関係性を持っています。その力をお借りすることで「セオリー通りならA案だけど、全体の経営を考えてB案にしましょう」という提案もできるはず。このタッグがあるからこそ、診断にとどまらない理想の経営につながるソリューションが実現可能になると考えています。

谷口:今はまだ全企業が「誰もが見られる、誰もが使えること」の重要性を理解している段階ではないと思いますが、さまざまなクライアントとつながりを持つDNP・DCDさんとともに活動を続けていくことで、必ず「状況が一変する瞬間」がやってきます。「これいいね!」と私たちの活動を受け入れる企業が増えれば、それがあたりまえの世の中ができる。それこそが私たちがタッグを組む意味になっていくのかなと思います。

坂井:状況がめまぐるしく変わり、不安を覚えている担当者の方も多いと思います。でも私たちが力を合わせてサポートしますのでご安心ください!まずは、サイトの健康診断から。ぜひお気軽にお声がけくださいね!

※2024年3月時点の情報です。