コラム

映画のような映像美とストーリーテリングで世界を魅了する
― 長崎県文化観光PR動画はいかにして生まれたのか

▼語り手プロフィール
株式会社DNPコミュニケーションデザイン
西日本CXデザイン本部
課長 山田 智昭/Tomoaki Yamada

2023年初頭にリリースされた長崎県文化観光PR Movie「CROSSING NAGASAKI~交差する長崎~」は、さながらショートフィルムのような物語性と美しい映像が話題を呼び、「映文連アワード2023」コーポレートコミュニケーション部門優秀賞、「地域プロモーションアワード2023 (第5回動画大賞)」秋吉久美子賞などを受賞しました。この映像の制作の経緯、注力したポイントなどを、制作全般のプロデュースを担当したDNPコミュニケーションデザイン(以下、DCD)西日本CXデザイン本部、課長の山田智昭に聞きました。

1.交差するオーダー、すべてを集約して生まれた「外国人ひとり旅」の物語

― 映像制作に当たって、どのようなオーダーがあったのか教えてください。

長崎県文化振興・世界遺産課からは、主な方向性について大きく3つのご要望をいただきました。1つ目は、県内を周遊してもらう旅行者を呼び込むためのものであること。2つ目は、長崎の文化や風習について理解を深めてもらえる内容であること。そして3つ目は、インバウンドを意識して海外の方々にも違和感なく観てもらえる内容にすること、というものです。
単純な観光誘致のための情報の羅列にとどまらず、そこに街の歴史や文化の継承を絡めていく。旅前の準備、旅中でのルート決めの参考になることはもちろん、映像として視聴者を引き込むような要素がある……そんな映像を作りたい、といった条件から企画づくりが始まりました。

― 映像のコンセプトやプロットは、どういったプロセスで作られたのでしょうか。

今回の制作では、LUCA株式会社所属で長崎出身・在住の野上鉄晃(てっこう)さんに監督をお願いしたのですが、彼が初期の打ち合わせで「クロス(交差)する長崎」という言葉をコンセプトとして提示してくれたんですね。
古来より長崎は、日本の中でも海外からの文化や風習、人々の流入が真っ先に起こりました。世界と日本が交わる最先端の地であり、だからこそ育まれた多様性に富んだ観光資源がある――そんなことを象徴した「クロスする長崎」というフレーズは提案時よりクライアントからも好評で、そのまま映像のタイトルとしても使われることになりました。

― そのコンセプトからイメージを膨らませて、「外国人がひとり旅をする」というストーリーになったのですね。

そうですね。クライアントからの要望に「インバウンド向けの意識を」と明示されていたので、コンセプトと照らし合わせた際に、主人公は外国の方がいいのでは、という話は早期に出ていました。
「クロスする長崎」の原点を考えた時に、ひとつの重要な役割を果たしたのが、キリスト教を持ち込んだ宣教師の存在があると思います。彼らはかつて、並々ならぬ決意を持って海を渡ってきました。遠い異国から来た当時の宣教師たちを思い浮かべた時、なんとなくその情景にしっくりきたのが、ヨーロッパ圏の男性でした。長崎を巡りながら彼らの残した軌跡、そこから感じられる熱量に触れて、自分を見つめ直していく……そんなストーリーがいいのではというアイデアに、最終的にさまざまな要素が集約されていきました。観光の要所にはキリスト教にまつわる施設も多く、紹介するべきものを織り込みやすい人物像だった、という点も大きかったと思います。

― 企画段階で特にこだわったポイントはどこですか?

出さなければいけない情報と、引き込むためのストーリーを語る情報のバランスについては、最後の完成まで一番こだわって議論したポイントかもしれません。建造物の紹介を立て続けに並べても視聴者は飽きてしまうし、食べ物の情報をたくさん盛り込んでも地味な食レポ番組みたいになってしまいます(笑)。
建物、食、ものづくり、おまつりなど、それぞれの要素や体験にどのような意味を持たせれば「クロスする長崎」というコンセプトに結びつく情報になるのか。各エピソードに付加する意味の強弱を考えながら「ここは撮る、ここは切る」といったやり取りを、撮影前にじっくりやっていました。
ただ、撮りたかったスポットすべてに許可が下りたわけではなくて。時期的に撮影が不可だったり、タイミングが合わないところもあったので、撮影したい場所の案を出してはすぐに許可取りをして、ダメだったらすぐ次に……というように、臨機応変に動いていましたね。

2.コンセプトを表現するためのドローン撮影、魅せる映像づくり

― 撮影のスタートはいつからだったのでしょうか?

9月頭からプロジェクトが動き出して、撮影が始まったのは10月末からでした。納期の制約もあって、企画づくりから各スタッフのキャスティング、キャストのオーディションなどを1カ月ほどでやり切る必要がありました。なんとか段取りよく調整ができて、本当によかったです。

― 撮影中のチーム編成はどのようなものでしたか?

監督とカメラマン、音声、照明、アシスタントなど含めて10名ほどのチームです。DCDからは基本的に私が責任者として同行していました。撮影チームの人員は監督が主に集めてくれたスタッフさんたちでしたが、皆さん現場で臨機応変に動いてくださる方ばかりで、とても助かりました。

― 事前の計画にドローン撮影も含まれていましたか?

はい。「クロスする長崎」を映像的に表現するために、人々が行き交う街並みを俯瞰(ふかん)で撮りたい、という思いがありました。ドローン撮影は視聴者が普段見ることのできない視点からの景色を映せるからこそ、「魅せて印象づける」という目的に対して、とても効果的だなと感じています。体感として新鮮味のある映像は、短くても印象に残りやすいんですよね。

― 映像に付帯するナレーションと字幕はどのように制作されたのでしょうか?

まず語りのもとになる日本語の文章を長崎在住の作家、下妻みどりさんに作ってもらい、それを翻訳しました。日本語の美しさをちりばめながら、それが英語ネイティブにも端的に伝わるように調整をしました。
現在のナレーションは英語ですが、字幕で日本語、中国語(繫体字・簡体字)、韓国語の5言語対応のバージョンを制作しました。長崎歴史文化博物館の長崎奉行所シアターで観ていただくことができます。

3.適材適所にプロフェッショナルを配役するチームビルディング

― 映像の完成後、クライアントからはどのような反応がありましたか?

長崎県の職員さんたちからは、感謝の言葉と「ぜひさまざまな機会で上映していきたい」と言っていただきました。映像の力と言いますか、画面の全体からにじみ出る情報の厚み、説得力があったからではないかなと感じています。
もともと、長崎歴史文化博物館の館内で上映するのと、『TABINAGA 旅する長崎学』という特設サイト上で3分の短縮版を公開するまでの使用範囲を想定した映像でしたが、最近では県が主催するイベントなどでも放映してもらっているとのことで、気に入ってもらえてホッとしています。

― この映像で数々の賞を受賞されましたが、もとよりこうしたアワードの参加を想定して制作していたのですか?

いえ、そんなことはまったくなくて。DCD社内で複数の同僚から「素晴らしい出来だから、応募してみたらどうか」と強く推薦をいただいて、出してみたら受賞してしまったので、喜びよりも驚きのほうが大きかったです(笑)。受賞の報告を監督やクライアントにしたらすごく喜んでくれて、それがとてもうれしかったのを覚えています。

― 制作中、山田さんが特に注力したのは、どんなことでしょうか?

ロケのような環境下では、スタッフ同士の仲がギスギスしていてはいいものが作れない、とは思っていて。なので、皆さんが話しやすい雰囲気づくりは常に意識しています。
また、集まっているスタッフはそれぞれの領域のプロの方々ですから、皆さんが自分の仕事に専念できるよう、細かな後片付けや雑務などは率先してやっていました。

― プロジェクトマネジメントする立場から、人材配置について何か気をつけていることはありますか?

関係者に「何が得意ですか?」「何が困りますか?」と丁寧にヒアリングをすることでしょうか。それを行った上で「ここはあなたに」「ここは誰かに」「ここは自分が」と、適材適所に割り振りをしていくように心がけています。
今回のケースで言えば、早い段階で監督の野上さんとコミュニケーションを取って「カメラマンや音声さんは監督のほうで声かけをしてもらったほうが動きやすそう」「編集や翻訳はそこまでツテがなさそうなので、私から依頼する」といった役割分けをしていました。
また、外部に何かを依頼をする時には「成果物がどういう使われ方をするのか考えて伴走してくれる人」に、なるべくお願いできるよう注力しています。コンセプトを深く理解して、一緒に同じ方向を見て制作に携わってくれる人かどうか、その見極めは大事にしていますね。
クライアントからの要望に対して、それを達成するために少しでもよい協力者を集めて、彼らが仕事をしやすい環境を整えることに関しては、いくらか自負を持っています。その役割を、これからも真摯(しんし)に担っていきたいと思っています。

※2024年3月時点の情報です。