文字文化の歴史を紡ぐ1冊 ─ 『モリサワと文字の100年(邦文写真植字機発明100周年記念誌)』制作の舞台裏

株式会社モリサワ
マーケティング統括部 チーフ
酒井 大倫様/Hironori Sakai(写真左)
株式会社DNPコミュニケーションデザイン
CBデザイン本部
古賀 晋一/Shinichi Koga(写真右)
「第67回 全国カタログ展」のカタログ部門において、金賞ならびに文部科学大臣賞を受賞した『モリサワと文字の100年(邦文写真植字機発明100周年記念誌)』。株式会社モリサワ(以下、モリサワ)様が、100周年という節目に作り上げたこの記念誌は、装丁やデザインの美しさもさることながら、社史の枠を超えた「文字文化の変遷の記録」としても歴史的価値のある一冊となっています。
本記事では、この記念誌の制作に携わったモリサワの酒井大倫様と、パートナーとして伴走したDNPコミュニケーションデザイン(以下、DCD)の古賀晋一に、記念誌制作のこだわりとDCDの貢献、そして今後の展望について伺いました。
1. 印刷業界、文字の歴史とともに ― 従来の社史を超えたコンセプト
『モリサワと文字の100年』が作られた目的と、内容の概略を教えてください。
モリサワ・酒井様:この記念誌は、写真植字機発明100周年記念事業の一環として制作したものです。1924年は、創業者である森澤信夫が邦文写真植字機の特許を出願した年です。株式会社モリサワの前身である「写真植字機製作株式会社」設立は1948年ではありますが、この特許出願をモリサワのルーツとし、発明100周年の2024年に記念事業を展開しました。
今回の記念誌では、モリサワが写真植字機を発明して以来の歴史と弊社事業の歩みを、日本の文字文化の歴史とともに描くことを意識しました。文字量はあえて抑え、図や写真を多く用いることで、手に取って読んでいただきやすい仕上がりをめざしました。

DCDはこの制作にどのような役割で関わったのでしょうか。
DCD・古賀:私たちには50年以上積み上げてきた年史編纂のノウハウがあります。そこで培った知見を生かしつつ、コンサルタント的な立場として予算管理・進行管理を担いながら、コンテンツの細かな制作方針についてのアドバイスを行いました。
2. 写植時代からのDNAを背負うデザイン、見せ方への飽くなきこだわり
記念誌の制作にあたって、テーマ設定・編集の面で特にこだわったポイントをお聞かせください。
酒井様:編集方針として特に留意したのは、「正確な史実を忠実に記載する」という点です。1980年代からの、紙の印刷物が現在のデジタルへと大きく変化してきた道のりは、この記念誌を手に取る社員やモリサワと関わりの深い方々にとって自身が歩んできた道と重なる、思い入れの深い記録になるはずです。だからこそ、忠実に、関わりある方々が共感できる内容にしたいという思いがありました。
本記念誌のテーマの大きな特徴は、モリサワというひとつの企業の歴史にとどまらず、「日本の文字文化の近代史」まで包括している点にあります。手動写真植字機(以下、手動写植機)から電算写植機へ、そしてDTPへと移行していく大きな印刷技術の変遷の中で、文字の扱われ方がどう変わっていったのか、モリサワがどのように時代の流れに関わっていったのかを丁寧にまとめ上げました(※1)。
- 注釈1 モリサワ様の邦文写真植字機の発明から現在までの変遷については、こちらをご覧ください
モリサワ様Webサイト「邦文写真植字機」
デザイン・見せ方の面では、どのようなこだわりがありましたか。
酒井様:随所にこだわりがありますが、特にご注目いただきたいのが装丁です。表紙は、正方形を3つ組み合わせて「100」という文字を表現しており、中央の黄色い部分は手動写植機の「写口(光が通る開口部)」をイメージしています。日本語の文字は縦組み・横組みどちらにも対応するため、1つの文字が正方形の中に収まる設計になっている。そうした文化を表象するために、表紙の横組みの「100」も、裏表紙の縦組みの「一〇〇」も、ともに正方形のモチーフを用いたデザインとしました。

また、巻末の書体年表の見せ方にも工夫を凝らしています。手動写植機時代のガラス板に収録されていた書体、電算写植機の時代に電子化された書体、DTPでMacやWindowsで使えるようになったデジタルフォントと、三世代にわたる書体の系譜を明確に整理しました。フロッピーディスクで提供されていた時代からCD-ROM、そしてサブスクリプションへと変化してきたフォーマットの変遷まで、モリサワが関わってきた日本語フォントの歴史の詳細をまとめました。
本記念誌の制作は、モリサワと長年深いご縁のある外部協力者の方々にご協力いただきました。弊社「日本文字シリーズカレンダー」の制作に携わられた渡辺高志さんを編集長とし、デザイナー田中一光先生監修のもと、かつて弊社が発行していたデザイン誌『たて組ヨコ組』を担当されたデザイナーの一人だった松吉太郎さん、同誌の編集に携わられた杉山衛さん、長年弊社制作・マーケティング関連部署で勤務された若原薫さんなど、強力タッグで本記念誌編纂に取り組んでいただきました。
週1回の数時間にも及ぶ会議で、全ページにわたり一行一行、1文字たりとも妥協せずに推敲を重ねてくださったチームの皆さんの尽力があってこそ、細部までクオリティの高い一冊となったと感じています。

巻頭特集の「種」の文字は写真植字機の文字原稿で表現
3. 同時代を歩んできた歴史、あまたの経験があるからこそできたサポート
本制作にあたって、DCDが特に貢献できたポイントを教えてください。
古賀:私が制作の途中からチームに参加したこともあって、まずは制作メンバーとのコミュニケーションをしっかり取ることを意識しました。毎週、午前中から夕方まで打ち合わせが続く中で、各メンバーが何を考え、どういう思いで発言しているかをくみ取りながら、必要に応じてやり取りの調整やアドバイスを心がけていました。

コンテンツ面では、会社の出来事と書体の情報が混在した年表に対して「分けた方が絶対に見やすい」とお伝えしました。会社の年表と書体の年表を別々に整理するアプローチをお勧めしたところ、検討の末に採用していただけることになったんです。さらに「書体年表」では、開発・販売した書体をアナログ版とデジタル版に分けて年表にしています。長年の年史制作の経験から得たノウハウや先例があったからこそできた提案だと自負しています。
また、校閲作業においては、DCDの中でも特に経験豊富なスタッフをアサインしました。年史の校閲は一般の編集とはまた異なる特殊さがあります。膨大な資料を一つひとつ確認しながら表記の揺れを細かく拾っていく作業は、経験がなければなかなか対応できません。

モリサワ様から見て、DCDが関わっていたからこそクリアできた課題はありましたか。
酒井様:特に助かったのは、記念誌に挿入する写真や図版の著作権・使用許諾の確認・申請です。今回の誌面には多くの資料を掲載しており、「この図版を掲載してよいか」「このアーカイブの使用許諾はどうか」といった確認作業では、DCDさんの豊富な年史編纂の経験を生かした的確な対応に都度助けていただきました。
古賀:古い写真については、貴重なものほど多くの複写が存在しています。その中から元の写真はどれかを、シャドウ部のつぶれ具合(※2)などを確認しながら、できるだけきれいに再現できるものを選別していきました。
- 注釈2 シャドウ:写真、映像、印刷などにおいて、最も暗い領域、または影の部分を指す言葉。「シャドウ部がつぶれる」とは、その暗い部分の階調(グラデーション)が失われ、ただの「真っ黒」な領域になってしまう現象のこと。
酒井様:校閲についても、日本の印刷・出版業界で同時代を歩んできたDCDさんだからこそのクオリティを感じました。私たちが何度も確認して大丈夫だと思っていた内容でも、「こうした情報を参照すると、こちらのほうが適切では?」と指摘していただいた箇所がいくつもあったのです。当時の資料が揃っていることや、その時代に対する理解が深いスタッフがいるDCDさんのサポートがあったからこそ、記念誌の内容がより正確なものになったと思います。
古賀:本記念誌の制作支援にあたって、モリサワ様がフォントを長年ご利用いただいているお客様へのヒアリングを行うために、DNPグループ内でDTP以前の時代を知る面々を探してご紹介もしました。印刷を事業とするDNPグループだからこそできたアプローチだったと感じています。
完成後の記念誌について、どのような評価や声が届いていますか。
酒井様:社内からは「モリサワが何度もメディアの転換期を乗り越えてきた歩みを改めて知る貴重な資料だ」とポジティブな声が多く上がっています。現在の社員は写植の時代を知らない世代がほとんど。彼らに自社の歴史を共有しつつ、この先を考えるための議論のきっかけになるようなコンテンツができたことは、会社として貴重な資産になりました。
社外では日頃よりお付き合いのある方々にお渡ししており、「あの頃は大変だったね」と一緒に懐かしんでいただいています。全国カタログ展の受賞については、本当にこだわり抜いて作った一冊がオフィシャルに評価されたことが純粋にうれしく、制作チーム一同の励みになっています。
4. 記念誌から広がる周年事業の可能性、アーカイブの価値
モリサワ様の周年事業の今後の展開について教えてください。
酒井様:本記念誌は、100周年記念事業推進室が手がけたさまざまな取組みのひとつです。他にも、大阪での100周年記念パーティー、期間限定で公開していた「邦文写真植字機発明100周年」特設サイト、手動写植機のデジタル復刻版の制作など、多彩な記念事業を展開してきました。これらはいずれも、100年の歩みを多角的に振り返り、その価値を次世代へつないでいくための取組みです。
今回の記念誌制作は、これまでの50年記念誌・70年記念誌も含めた集大成であり、モリサワの歴史を参照する際の一番の基準となる一冊ができあがったと思っています。10年後、20年後に後輩たちがこれを土台に新たな記念誌を作ってくれれば、という期待も抱いています。
そして、制作過程で集まった資料の中には、この一冊には載せきれなかった情報も数多くあります。意識的に整理・管理しないと、余計なデータとして一瞬で消されてしまう可能性もある。アーカイブすることの大切さや利用価値を周知しながら、今回の制作過程で集まった情報の適切な管理方法を、引き続き模索していきたいと考えています。
今回の100周年記念誌の制作で得られた経験や知見を、今後どのようなクライアントの課題解決に生かしていけそうでしょうか。
古賀:周年などの記念のタイミングは、ブランディングを再考する良いきっかけとなります。中でもフォントはロゴと並ぶブランドの根幹を担う要素ですので、DNPグループが周年事業をお手伝いしているクライアント企業に対しては、ぜひフォント選びの大切さを伝えていきたいと思っています。 コーポレートフォントの制作をご提案し、モリサワ様と連携する、といったこともできるかもしれません。自社やブランド独自のフォントを新たに検討・制作することは、インナーブランディングから日々のコミュニケーションにまで波及する大きな可能性を秘めていると感じています。
今回のプロジェクトで改めて実感したのは、対面での打ち合わせの価値です。最近はオンライン会議が多いですが、週に一度同じ場所に集まって一つのものを突き詰めていく経験は久しぶりで、それがあったからこそ、本当に良いものができあがったなと。「伝えたいことは何か、それをどう表現するか」という本質的な問いと向き合う機会をあらためて深く持てたことも、大きな収穫でした。

DNPグループは50年以上の年史編纂の歴史と実績を持っています。今回得た経験と知見は後輩にも伝えていきたいですし、年史制作にとどまらず、企業アーカイブの構築やそのマネジメントまで含めてお客様の課題解決に生かしていく考えです。
周年事業の年史や記念誌の制作は、企業が自社の歴史や文化を整理し、次の世代に受け継いでいく貴重な機会です。私たちは記念誌の制作から、集めた資料や情報のアーカイブ化、そのマネジメントまでをトータルでサポートできる体制を持っています。周年を数年後に控えた企業のご担当者様は、ぜひ一度DCDにご相談ください。
- 注釈2026年6月時点の情報です。