
統合報告書に求められる情報は年々広がり、価値創造ストーリーから経営戦略、ガバナンス、人的資本まで、その内容は多岐にわたります。だからこそ、編集と表現の質が、報告書の説得力を大きく左右します。社内外のニーズに合わせて情報を整理し、ビジョンにのっとった編集・デザインができれば、統合報告書は価値創造の軌跡から経営戦略・ガバナンスの実態まで、企業の多面的な姿を伝える力強いコミュニケーションツールになり得ます。
本記事では、空調設備工事業界のリーディングカンパニー・高砂熱学工業株式会社(以下、高砂熱学)様の「TAKASAGO CORPORATE REPORT 2025」を担当したDNPコミュニケーションデザイン(以下、DCD)のディレクター・細野晴香が、3年間の制作の積み重ねと2025年版で実践した工夫、そして「第5回日経統合報告書アワード」準グランプリ受賞につながったポイントについて紹介します。
1. 「高砂熱学らしさ」を伝える統合報告書、2025年版の制作方針
「TAKASAGO CORPORATE REPORT 2025(以下、統合報告書)」の制作にあたって、高砂熱学様にはどのような課題感があり、特にどんな要望があったのでしょうか。
高砂熱学様は、パーパス「環境革新で、地球の未来をきりひらく。」のもと、役職員一人ひとりが「環境クリエイター®」(※1)として、空気調和技術を基軸としながら多様なパートナーとともに、建物環境のみならず、地域・コミュニティ、文化、そして地球の未来社会が抱える課題の解決に挑戦されています。DCDは3年前から統合報告書の制作をお手伝いしてきました。
これまでの制作で積み重ねてきた経験を踏まえ、2025年版は前年の「第4回日経統合報告書アワード」の審査コメントやレビューなどの外部評価を参照しながら、DCDとして客観的な視点から分析を行い、3つの方向性を意識して制作に臨みました。
1つ目は、ビジョン達成までの道筋を明確にすること。
企業がどの方向をめざして成長していくかをストーリーとして伝えるために、章の構成(台割)を見直し、ビジョン達成のための具体的な取組みが読み手にスムーズに伝わるよう再設計しました。
2つ目は、「高砂熱学ならでは」の象徴的なストーリーを前面に出すこと。
環境事業や人財育成など、同社が取り組む新しい挑戦を単なる情報開示にとどめず、読み手の印象に残る特集として見せるかたちをめざしています。
3つ目は、社員がイキイキと働き、ビジョンを体現していることが伝わる表現の追求です。
投資家だけでなく就活生など多様なステークホルダーに向けて、社員の姿や具体的な事例を通じて、企業の魅力が届くよう意識しました。
- 注釈1:「環境クリエイター®」は、高砂熱学工業株式会社様の登録商標です(商標登録第6414754号)。
2. ストーリー・特集・デザイン――企業価値を伝える3つの工夫
具体的な制作の段階で、特に工夫した点について教えてください。
構成面では、前述の通り台割を見直しました。「高砂熱学様が掲げる『環境クリエイター®』とは何か?」「どのようなビジョンを描いているのか」「そのために何に取り組むのか」という企業価値向上へのストーリーを、読者が自然に理解できる章構成へと再設計しました。そして毎年開示のアップデートが求められるガバナンスに加え、投資判断に重要な事業概況や財務戦略などについても、潮流を踏まえた情報の拡充を図ることができたことも評価につながったと思います。
「高砂熱学ならでは」のアピールとして、2つの大きな特集を設けています。1つは、長年にわたり取り組まれている月面における世界初の水素・酸素生成(水の電気分解)の実現をめざすプロジェクトです。同社が開発した月面実証用の「水電解装置」を搭載したispace社の月着陸船が2025年1月に打ち上げられたことを受け、高砂熱学様の高い技術力とカーボンニュートラルへの貢献を示すトピックスとして、社長メッセージに続く巻頭特集に位置付けました。月面への着陸は結果的としてかなわなかったものの、その過程も含めて「挑戦を続ける企業の姿」を伝えることで、誠実さと未来へ投資をする企業姿勢が伝わったと考えます。
もう1つは「タカサゴ・シン・アカデミー」と題した、人財の採用から育成までを行う専門部署の特集です。具体的な研修カリキュラムや、「環境クリエイター®」へのストーリーを丁寧に紹介することで、数字だけでなくビジョンに向けて着実に取り組まれていることが伝わる内容となりました。

社員の「イキイキ」感を表現する面では、高砂熱学様の社員がさまざまな「クリエイター」として登場する会社紹介動画「環境クリエイター紹介」篇の素材を巻頭イントロのビジュアルとして採用しました。普段から対外広報に力を入れている高砂熱学様ならではの良質な素材を活用することで、力強いデザインになるだけでなく、統合報告書から動画への動線も生まれ、「人を大事にしている会社」という印象が自然と読み手に伝わるページになっています。(※2)

- 注釈2:「TAKASAGO CORPORATE REPORT 2025」は高砂熱学様のWebサイトよりご覧いただけます。
3. さまざまなクリエイティブを、ワンストップで提供できる強み
DCDならではの強みを発揮できたポイントはどこでしたか。
今回の制作で特に発揮できた強みは、大きく3点あります。
1つ目は、長年の実績とノウハウを背景にした伴走支援です。統合報告書の制作期間は半年以上におよび、「原稿がなかなかまとまらない」「取材日程がぎりぎりになる」「スケジュール通りに進まない」といった問題はどこの企業でも起こるもの。そうした問題が極力起こらないよう、また起こっても対処できるよう、私たちは各ページの進行状況を一覧管理できる進行表を作成し、定例ミーティングを隔週で行うことで、状況に応じた柔軟な対応を心がけています。担当ディレクターがプロジェクト全体の進行を俯瞰的にマネジメントすることで、高砂熱学様の制作負荷を最小化しながら着実に完遂へと導きます。
2つ目は、DNPグループ独自メソッドの「IGUD(アイジーユーディ)」(※3)を活用した、わかりやすいビジュアルの提案力です。文字中心の原稿を図解に変換したり、複雑な情報を構造化してチャートに落とし込んだりする編集力・グラフィック力は、長年、コーポレートコミュニケーションに関わるさまざまな制作物を手がけてきたDCDのデザインメソッドがあってこそだと自負しています。統合報告書で扱う原稿の量は膨大で、情報の並びや要素の過不足が課題になる箇所も出てきますが、そこをDCDのディレクターが整理・提案することで、読みやすさと正確さの両立を実現しています。

- 注釈3:「IGUD」は、「DNPデジタルマーケティング時代のデザインメソッドIGUD」の略称です。「IGUD」は、大日本印刷株式会社の登録商標です(商標登録第6084988号)。
3つ目は、編集・動画・Web・多言語などの専門家が1つのチームとして対応できるワンチーム体制です。統合報告書にまつわるさまざまなクリエイティブを一気通貫で担えるからこそ、品質とスピードを両立した制作進行が可能になります。今回のケースでは、日本語版と英語版の制作を同時進行で進める必要がありました。こうした難易度の高いオペレーションでも、多言語専門のディレクターが同じチーム内にいることでスムーズに対応できるのが、DCDの大きな強みです。

4. 準グランプリ受賞と、その先へ。統合報告書の新たな潮流
「TAKASAGO CORPORATE REPORT 2025」について、高砂熱学様の社内、および外部からどのような評価が得られましたか。
2025年2月に行われた「第5回日経統合報告書アワード」において、「TAKASAGO CORPORATE REPORT 2025」は準グランプリを受賞しました。高砂熱学様として初の受賞であり、社内外の注目度も一段と高まっています。
審査員からは、「グリーントランスフォーメーション(GX)の推進やグリーン水素、低温廃熱利用技術などが社会課題解決と将来の競争力に結びつけて示され、価値創造の実像が伝わる」「社外取締役のコメントも優れており、経営に反映されていると感じられる」という評価をいただきました。特集ページを中心に丁寧に伝えた「環境技術への挑戦」と「経営の透明性」が、投資家・アナリストの目に適切に伝わった結果だと受け止めています。
高砂熱学様からは、本年度の統合報告書について、制作過程における議論や内容面の検討を含めた取組みに対して感謝の言葉をいただきました。膨大な情報量と多部署にまたがる制作体制の中で、納期内に高品質なアウトプットを仕上げ続けることの難しさを高砂熱学様とDCD双方がよく知っているからこそ、その言葉はとてもうれしいものです。
今回の制作の経験を生かしつつ、統合報告書の企画・制作において、今後どのような展望をお持ちですか。
高砂熱学様との制作については、今後もさらなるコンテンツの充実を図りつつ、経営戦略の言語化・可視化をより深いところから支援していきたいと考えています。
統合報告書全体のトレンドとして注目されるのは、読み手の多様化です。投資家はもちろん、就活生・社員・取引先など、異なる目的を持つ人々が1つの報告書を手に取る時代になりました。誰にでも伝わるわかりやすさと、ブランディングとしての拡張を両立する制作が、これからますます求められていくでしょう。
また、近年注目を集めているのが「AIフレンドリー(AIが読み取りやすい)な設計」という視点です。投資家がAIを使って報告書をサマリーする動きが広がりつつある中、PDFの図表をAIが正確に読み込めるようタグ整備を行ったり、Web化によってAIに読まれやすい構造にしたりすることは、今後の統合報告書制作において欠かせない要素になりつつあります。DCDとしても、こうした新しいニーズへの対応を積極的に進めているところです。
これからも私たちは、統合報告書制作を支援するパートナーとして、さまざまな企業の力になっていきたいと思っています。「現在の制作会社とスケジュールや品質面で課題がある」「自社”らしさ”が出せていない気がする」「年々増える開示要件にどう対応すればいいかわからない」──こうした悩みをお持ちの担当者の方にこそ、ぜひ声をかけていただきたいですね。漠然とした課題感からでも構いませんので、まずはお気軽にご相談ください。
株式会社DNPコミュニケーションデザイン CBデザイン本部
細野 晴香/Haruka Hosono
統合報告書プランナー
これまで数多くの企業の統合報告書を担当。その他にも、情報誌・DM・パンフレット・チラシ・カレンダー・イベントグッズなどの印刷媒体や、Webコンテンツの企画・進行管理業務に10年以上従事。企業におけるコミュニケーション活動を、さまざまな媒体制作により支援している。
- 注釈2026年7月時点の情報です。

