現場の課題から生まれたAI ― 管理部門が挑んだ発注業務の変革と、組織を動かすアイデアの力

2026年09月24日

語り手の写真
▼語り手プロフィール
株式会社DNPコミュニケーションデザイン
管理本部 山本 智弘/Toshihiro Yamamoto(写真中央)
執行役員 大矢 誠一郎/Seiichiro Oya(写真右)
顧問 小川 広将/Hiromasa Ogawa(写真左)

生成AIの業務活用への関心が高まる一方で、「アイデアはあっても実装まで至らない」「導入はしたものの効果検証ができていない」という声は、多くの組織に共通する悩みではないでしょうか。構想から開発・実装・効果測定まで一気通貫でやり遂げた事例は、まだそれほど多くないのが実情です。

DNPコミュニケーションデザイン(以下、DCD)では、管理・スタッフ部門の担当者が発案・主導したAI活用の業務改善事例が生まれました。現場の課題から着想した「AIを活用した発注サポートシステム」は、DNPグループで開催された生成AIを活用したサービスの可能性などをテーマにした「アイデアソン」での高い評価を経て、実装に至りました。

その後も、生成AIを活用した業務改善事例を共有する社内イベントにおいて注目を集めるなど、グループ内で高い評価を得ています。発注業務に携わるアンケート回答者の約57%が「入力・確認の作業時間削減を実感している」ことが分かるなど、対象担当者のほぼ全員が継続活用するシステムへと成長しています。

本記事では、このプロジェクトを発案・けん引した管理本部の山本智弘、開発を後押しした執行役員の大矢誠一郎、社内導入をバックアップした顧問の小川広将の3名が、構想から実装・効果検証に至るまでの軌跡と、取組みを通じて見えてきた組織変革の可能性について語ります。

1. バラバラな見積書、膨大な手入力 ― 発注業務の大きな課題

まず、このプロジェクトの発端となった、発注業務の課題について教えてください。

山本:DCDは、1,000社を超える委託先と連携しながら企画・制作業務を進めています。発注の際は、委託先それぞれの見積書の内容を、担当者が1件ずつ確認し、手入力で発注システムに登録する必要がありました。
この登録作業の年間処理件数は膨大で、担当者の経験やスキルによって作業のスピードや精度にばらつきが生じていたほか、委託先ごとに異なる見積書フォーマットを確認しながら登録する必要があったため、入力ミスや確認漏れも発生しやすい状況でした。発注業務は最終的にミスが許されないため、担当者の精神的な負荷が大きいことも課題になっていたのです。

私自身、当時は北海道・東北エリアの管理本部で発注業務に携わっていましたが、見積書の不備や登録内容の誤りが見つかると、発注申請を担当者へ差し戻して修正を依頼するケースが少なくありませんでした。確認や修正のやり取りが発生するたびに発注までのリードタイムが長くなり、業務全体の効率化が求められていました。そこで、まずは自分が所属していた北海道・東北エリアでの業務改善策として、本プロジェクトを起案しました。

プロジェクトを発案・けん引した山本智弘

大矢:北海道・東北エリアではクライアントや委託先が広域に点在しており、担当者が外出中で連絡が取りづらいケースもあります。一度差し戻しが発生すると対応に時間を要するため、発注業務をいかに正確に進めるかが大きな課題でした。

そうした状況の中で、「AIを活用した発注サポートシステム」を発案したきっかけは何だったのでしょうか?

山本:フォーマットが不定形な見積書をシステムに取り込むのはどうしても難しく、かといって委託先に統一フォーマットの使用をお願いすることも現実的ではありません。そこで、見積書の内容を正確に読み取る技術として、AIとOCR(※)に着目しました。  

ちょうどその頃、DNPグループ全体で生成AIの業務活用を推進し、DXの理解やマインド醸成を目的に開催された「アイデアソン」への参加準備を進めるなかで、AIによってOCRの精度が向上しているというニュースに触れ、「これらを生かせば課題を解消できるかもしれない」と思い至ったのです。OCRで単に自動入力するだけでなく、AIで読み取った内容をチェックする機能まで持たせれば、ミスそのものを減らせると考えました。

  • 注釈OCR(Optical Character Recognition):光学式文字認識技術。画像やPDFなどに含まれる文字をデータとして読み取る技術。AI-OCRは従来のOCRに人工知能を組み合わせることで、手書き文字や不定形なレイアウトにも対応できる。

大矢:委託先から届く見積書は一見実務上は問題なさそうに見える不備が隠れていることが多くあります。宛先が「DCD」と当社の正式な名称になっていなかったり、日付が合っていなかったりと、見逃しがちですが絶対に間違いがあってはいけないポイントです。

担当者も限られた時間の中でチェックを行っているため、間違いに気づかずに管理本部に回してしまい、差し戻しが発生して数日のロスが生まれる……といったケースが頻発していました。こうしたヒューマンエラーをAIで先につぶせるのではないかという発想が、山本さんのアイデアの核心にありましたね。

DNPグループで開催された「アイデアソン」で山本さんの「AIを活用した発注サポートシステム」の提案を聞いて、当時、組織を統括する立場としてどのように受け止め、評価しましたか。

大矢:発表を見て、こんなに真正面からボールを投げてくるアイデアは初めてだと感動しました。その日のうちに「本部を上げてサポートします」とチャットを送った記憶があります。

管理部門から、事業部門も含めたすべてのステークホルダーがWin-Winになる設計をしてくれたことが、非常に新鮮でした。プレゼンテーション当日には経営層からも即時実現を求める声が上がり、発表後すぐにプロジェクトが動き出しました。

開発を後押しした執行役員の大矢誠一郎

2. 「AIを活用した発注サポートシステム」が実現した業務フローの変革

「AIを活用した発注サポートシステム」とは、どのようなシステムなのか教えてください。

山本:一言で表すと「見積書から発注書を自動生成し、内容のチェックまで行う業務支援システム」です。具体的には、委託先からの見積書をOCRで読み取り、AIが内容を解析して不整合や確認ポイントをチェックした上で、発注書に必要な情報を自動入力します。

担当者はシステムに見積書をアップロードするだけで、AIが読み取った見積書の内容と原本の画像が並んだ画面を閲覧でき、第三者的な目線で記載内容を最終確認できるため、ミスに気づきやすくなることも大きなメリットです。宛先の誤記載や日付の整合性といった細かなチェックも、自動で行われます。

「AIを活用した発注サポートシステム」によって、改善された発注業務の流れ

開発体制と期間について教えてください。

山本:2024年5月のアイデアソンでの発表後に、体制づくりに半年をかけました。AIの開発では、大日本印刷(以下、DNP)・DNP情報システム・DCDの三者が連携する体制を構築しました。               
そして2024年12月に正式プロジェクトとして立ち上げ、約10カ月をかけて開発を進めました。フェーズ1では基礎となるAIの開発を2025年3月末に完了し、続くフェーズ2で基幹システムである発注システムと連携。2025年9月末に実装を終え、10月上旬に本稼働を開始しました。

3. 技術より難しかった「業務のルール化」― 実装・検証を乗り越えた軌跡

開発・実装のプロセスで、とくに苦労した点はどこですか。

山本:一番大変だったのは、技術的な部分ではなく「業務をどう設計するか」でした。つまり「何を自動化するのか」「AIと担当者の役割分担をどう定めるのか」といったことを決めていくことです。
当時はまだAIリテラシーの教育も社内で整っていなかったので、「AIが全部やってくれる」というイメージを持つ方も多く、AIに対する認識を合わせることから始める必要がありました。そして「最終決定は人間が行う」という原則のもと、AIにどこまでやらせるかの線引きを、外部コンサルタントの力も借りながら綿密に議論しました。

こういった背景も、完成形を最初からめざすのではなく、小さな成果を積み重ねていくことが重要だと考え、開発のフェーズを細かく切りました。フェーズ1のAI開発が実現できなければそこで終了、成功したらフェーズ2のシステム連携に進む……という明確な方針を設けることで、チームのリテラシーを高めながら着実にプロジェクトを前に進めていけたと感じています。

セキュリティや基幹システム連携のハードルはどのように乗り越えたのでしょうか。

小川:基幹システムにAIを組み込むのは、DNPグループでも前例のない取組みでした。ハードルは大きかったのですが、「アイデアソン」での高い評価と経営層の後押しがあったことで、DNPの情報システム部門が最初から協力的に動いてくれました。山本さんと私で「アイデアソン」の主催部門を巻き込んでプロジェクトをスタートし、外部パートナーとともに要件定義に入っていったことも、成功の要因として大きかったと思います。

読み取り精度や使い勝手についても、システム部門との打ち合わせだけでなく、DCDの事業部門の部課長主導による『受発注関連業務改善プロジェクト』で検討を重ねました。手書きの見積書、社名の上に押印されているようなケースまで想定しながら、電話番号や住所をもとに委託先を特定するなどさまざまな読み取り手法を試して、精度の向上を図りました。そして、当初は約60%だったOCRの読み取り精度についても、改善に向けた検討を重ねた結果、精度検証では96%を超える水準まで向上させることができました。

社内導入をバックアップした顧問の小川広将

本稼働後、運用段階で新たに取り組んだことはありましたか。

山本:「導入して終わり」にしないことを意識し、運用開始1カ月後にアンケート調査を実施しました。利用状況、作業時間の削減効果、改善要望などを聞き、そこで得られた声をもとに機能改善の優先順位をつけて、現在も鋭意アップデートに臨んでいます。

4. 利用率が8割を超え、アンケート回答者の半数以上が作業時間の削減効果を実感

現在の成果を、定量・定性の両面から教えてください。

山本:社内アンケート調査のデータによると、「AIを活用した発注サポートシステム」の利用率は2025年秋から案件ベースで8割を超えるようになり、さらにアンケートで「入力および確認時間の削減効果」について聞いたところ、約57%が削減効果を実感していることが分かりました。そして、対象となった担当者のほぼ全員が継続的に利用しています。
定性面では、「発注業務を安心して行えるようになった」という声が多く寄せられています。自分で入力したものを自分でチェックするという従来の作業とは異なり、AIが読み取った内容を人間が照合する形になるので、いわば「1人でダブルチェック体制」が実現しています。
                            

大矢:以前は担当者・上長・管理本部の3人でチェックしていても、膨大なチェック項目を前にすると見落としのリスクは残っていました。今はAIが基本的なチェックを担ってくれるため、人間は確認すべきポイントに集中できます。すべてのミスを防げるわけではありませんが、リスクの早期発見や低減には大きく役立っていると感じています。

小川:2024年11月にフリーランス・事業者間取引適正化等推進法、2026年1月に中小受託取引適正化法(取適法)が施行され、見積書・発注書の記載事項や期日管理に関する要件が厳格化された環境下において、AIが基本的なチェックを担う体制が整ったことは大きな意味を持っています。
実際、今年度に実施されたDNPグループの業務コンプライアンス調査では、DCDで対象となった2拠点の評価が前年よりも上がっており、いいスタートが切れたと感じています。

5. 水平展開、機能拡張、そして新たな夢へ

最後に、今後の展開についてお聞かせください。

山本:まずは「AIを活用した発注サポートシステム」の機能拡張に優先的に取り組みたいと考えています。現在は発注業務に特化していますが、今後は引き合いから納品までの一連のプロセス全体への展開も検討しています。また、こうしたDCDの実績をDNPの各事業部やグループ会社など、DNPグループ内で水平展開していくことも、現在計画を進めているところです。
そして、業務効率化の先に、もっと新しい世界を生成AIで切り拓いていけると信じています。このプロジェクトを通じて構築した社内ネットワークや開発のノウハウを、次の挑戦に存分に生かしていきたいと思います。

今後の展望について3人で話している写真(左から小川、山本、大矢)

大矢:「着眼点」のよさが、今回のプロジェクトの最重要点だったと思います。「どうせやるなら、関わる全員が楽になる仕組みをつくろう」と目線を合わせたことが、最大の成果を生みました。この考え方こそ、次の取組みにも受け継いでいきたい哲学です。

小川:特筆すべきは、このアイデアが北海道・東北エリアの管理部門から出てきたことです。一部のエリアだけでなく、DCD全社の課題を解決するアイデアとして提案してくれたことに、大きな価値があると思っています。DNPグループにはまだ改善の余地のあるシステムが多く残っています。                                                                                                             
今回の取組みが示しているように、現場で生まれた改善アイデアを全社に、さらにはDNPグループ全体の課題解決へと発展させていくことが重要だと考えています。

山本:今回のプロジェクトにおいて、大切にしてきた考えが3つあります。それは「大いに夢を語る」、「夢は大きいほどいい」、「どんな時も夢を諦めない」というものです。
現実的な制約から考え始めると、アイデアはすぐに小さくなってしまいます。これからも大きな夢を持ち続け、それを具体的な目標に落とし込んでいくプロセスを大事にしながら、より多くの人々の役に立つものを生み出していきたいと思います。

  • 注釈2026年9月時点の情報です。

関連ページ