
株式会社DNPコミュニケーションデザイン
西日本CXデザイン本部
上温湯 隼一/Junichi Uwanuruyu
DNPコミュニケーションデザイン(以下、DCD)では、企画・制作に携わる多くのコミュニケーションのプロが活躍しています。そうしたプロフェッショナルたちにスポットライトを当てる企画、題して「D-Professional」。今回は、「DNPの行動デザイン」を用いた企画提案のエキスパートとして、金融系クライアントを中心に数多くの施策を手掛ける上温湯隼一をご紹介します。
【D-Professional】への7つの質問
1. 名前と社歴
DTPオペレーターから企画ディレクターへ
上温湯隼一です。前職の広告代理店でチラシ制作などに携わった後、2003年にDCDへ中途入社。入社後はDTPオペレーターとして制作業務に従事しました。
転機が訪れたのは2016年のことです。会社の辞令によって企画ディレクターに職種が変更となり、主に金融系クライアントの担当として、Webやリアルイベントなど多様な媒体でのプロモーション企画に携わるようになりました。
「DNPの行動デザイン」(※1)を本格的に業務に取り入れ始めたのは2022年頃から。とある案件で上司から「『DNPの行動デザイン』を用いた提案を考えて」と頼まれたのがきっかけでした。
「DNPの行動デザイン」とは、「行動科学」や「行動経済学」の知見を用いて、人の行動変容・習慣化を促すデザイン手法のことです。本人が「した方が良い、するべきだ」と思っていても、なかなか実行できない行動を、製品やサービス、そして環境のデザインを通じて支援するアプローチのことを指します。
当時は名前を聞いたことがある程度で、「DNPの行動デザイン」の中身はまったく知らない状態でした。猛勉強しながら提案に取り組むうちに、その汎用性と効力を実感し、今では担当するほぼすべての企画提案に「DNPの行動デザイン」を盛り込むようになっています。
- 注釈1 DNPの行動デザインについての詳細はこちら

2. 手掛けている業務
「DNPの行動デザイン」をフル活用し、施策の連鎖を生み出す
企画ディレクターとして金融系クライアントを中心に、「DNPの行動デザイン」を活用した施策の企画・提案・制作を一貫して担当しています。
具体的な仕事の流れとしては、まずクライアントにヒアリングした上で、課題を挙げていきます。そして「この課題やターゲットにはどのナッジ(※2)が有効か」を検討します。
- 注釈2 ナッジ(nudge)とは、「軽くひじ先でつつく、背中を押す」という意味の英語で、「行動をそっと後押しする」という手法で使われます。このナッジを活用して、ターゲットが自然と行動に移すような仕掛けをデザインすることで、人の行動変容を促します。
方向性が決まったら具体的なデザインをビジュアルに起こして最終的な合意を得て、LP・メルマガ・Web広告・ポスターといった各ツールへと展開していきます。「DNPの行動デザイン」はあくまで「考え方」であるため、媒体を問わず同じアイデアを横展開できる点が大きな強みです。
これまで担当した案件のなかで行動デザインが生きた代表的な事例が、肥後銀行様のNISA施策のプロモーションです。「NISAを始めてもらうこと」を目的に、その阻害要因(なぜ始めないのか)を明らかにするという案件の性質をふまえ、ターゲットの行動変容を促すナッジを複数選び、それぞれに「このロジックでこのクリエイティブが生まれました」という説明文を添えてクライアントに提案しました。

なかでも最も評価が高かったのが、「あいまいな状況において周囲の人の行動を参考にしながら自分の行動を決定する=社会的証明」というナッジを活用した「日本人の6人に1人がNISAを始めている(※3)」というコピーです。「すでに多くの人がNISAを始めているのだから、始めた方が良いのでは?!」という気づきを与えることで、行動を後押ししています。このコピーをビジュアル化した新聞広告が銀行内でも評判がよく、その後メルマガ・LP・Web広告・キャンペーンツールと、ほかの媒体でも同様のコピーでPRを展開することとなりました。
当案件では「DNPの行動デザイン」を用いたパターンと通常のパターンのWeb広告を同時に出稿し、比較検証を実施しました。結果、前者は後者に比べてクリック率が約3.6倍(※4)に上昇。この成果がクライアントに高く評価され、NISAに加え、ローンやポイントサービス、スマートフォン決済アプリなど、銀行内のさまざまな領域の広報施策案件で、指名をいただくようになりました。

ナッジを活用したNISAメールマーケティングのテスト実施(※5)
メールマーケティングにおいて、DNPの行動デザインを取り入れた施策事例です。あわせてご覧ください。
- 注釈3 金融庁「NISA口座の利用状況調査」(2022年9月末時点)及び総務省統計局「年齢(各歳)、男女別人口及び人口性比―総人口、日本人人口(2022年10月1日現在)」より推計(2023年9月広告制作時点)。
- 注釈4 2024年12月~2025年3月に実施したWeb広告の比較検証結果。行動デザインを活用したクリエイティブと通常クリエイティブを同条件で配信し、クリック率を比較した際の最大差。
- 注釈5 本事例で使用した「約6人に1人」は制作当時の統計データにもとづく表現です。遷移先サイト内ではNISA利用者の増加により、「5人に1人」としております。
3. あなたの強みは?
言葉では伝わりきらないイメージを、イラストで魅せる技術
私は若い頃からイラストを描くことが好きで、イラストレーターをめざしていた時期がありました。実際に活躍されているイラストレーターの方のところへ自分の絵を持ち込んだこともありましたが、さまざまな試行錯誤を経て、最終的にはその道には進まずに今の会社に入りました。
時を経てディレクターになり、最初は「オペレーターとして内部で制作をやっていた自分が、お客さまの目の前に立って役に立てるのか」と不安でした。しかし何度か案件を担当するうちに気づいたことがあります。言葉だけで頭のなかのイメージを伝えようとしても、クライアントにはなかなかうまく伝わらないことが多い。でも、それを「絵にして見せる」だけで、伝わり方が全然変わってくるのです。
これまで、さまざまな案件でラフとして描いたイラストを、提案時にクライアントにお見せしてきました。ほぼそのままのアイデアで最終形として採用されたケースもあります。
例えば、肥後銀行様のアプリの使い方をユニークな動物たちのイラストでわかりやすく紹介する「アプリZOO」の企画では、動物たちのラフイラストを添えて提案したところ、そのアイデアを採用いただくことができました。多少拙い物であっても、「具体的なイメージをイラストにして見せられる」という能力が、企画提案の場でこれほどまで生きるとは思っていませんでした。

4. 譲れないこだわりは?
仕事は「楽しむ」と「楽になる」
いかに仕事を「楽しむ」か、ということですね。
「楽しい」と「楽をする」は、同じ「楽」という漢字を持っています。今の仕事をするなかで気づいたのは、その文字通り、「仕事を楽しむことで、結果として仕事が楽になる」ということです。
一方で、楽をしようとして仕事の手を抜くと「あれが終わっていない」「これを今日中に出さなければ」と追われるようになり、むしろ仕事はどんどんきつくなっていきます。言われた通りにただこなすだけでは、やらされ仕事になって、気持ちも入りにくくなりますよね。
そこで大切にしているのが、「自分の『楽しい、やりたい』を仕事のなかに混ぜ込むこと」です。「これを世に出したらどんな反応が起きるかな」と自らがワクワクする要素を企画のなかに少し入れると、自然と前向きな気持ちになれるんです。その熱量は、ともに仕事をする同僚や外部のクリエイターの皆さん、そしてクライアントにも伝わって、チームの推進力になっていきます。
加えて、「日々小さな提案を重ねていくこと」も大切にしています。提案は受注のためだけではなく、案件が決まった後でも、いつでもできる。だからこそ「良いコピーを思いついたらすぐにメールや電話で伝える」ということも日常的に行っています。クライアントに「DCDはいつでも何かプラスアルファの要素を提案してくれる」という印象を持ってもらうことが、長期的な信頼につながると感じています。
5. この仕事の醍醐味(だいごみ)は?
提案現場にもたらされた「剣と盾」
やはり提案のなかで「DNPの行動デザイン」がハマったとき、でしょうか。
「DNPの行動デザイン」に出会う前は、クライアントから「なぜこのクリエイティブが良いのですか?」と聞かれた際に、どうしても歯切れの悪い回答しかできませんでした。結局は個人の好き嫌いの議論になってしまい、感性で物事が決まっていくことが多く、「この提案が本当にベストなのか?」というくすぶりを感じていたのです。
「DNPの行動デザイン」を取り入れてからは、「このクリエイティブには、このナッジを前提とした、こういうロジックがある」「だからここを変えるべきではない」というような提案ができるようになりました。自分のアイデアを論理的に武装し、クライアントの利益のために譲れない部分を守るための「剣と盾」を手に入れた気分です。これを有効活用できている今の仕事は、とても充実しています。
もう1つの醍醐味は、施策が「一点突破」から「面展開」に広がっていく瞬間です。肥後銀行様の案件も、最初の新聞広告1つから始まって、今では銀行全体の複数部署への展開になっています。Webで検証した結果をふまえて、効果的だったコピーをポスターやDMに横展開するという流れも自然に生まれてきました。クライアントから「次もぜひDCDに」と声がかかり、案件の連鎖が起こると、「頑張ってよかったなあ」としみじみ感じますね。
肥後銀行アプリの紹介ページの提案をきっかけに、ポスターやCMへと展開した「アプリZOO」企画。上温湯の取組みについて、肥後銀行様より感想をいただきました。
株式会社肥後銀行 デジタルマーケティング部 宇野まりな様
「肥後銀行アプリの紹介ページは機能説明が中心で、お客さまに魅力や利便性が十分伝わりにくいという課題がありました。そこで、「アプリで何ができるのか」をわかりやすく伝える入門書のようなコンテンツとして誕生したのが「アプリZOO」です。提案段階から上温湯さんは、単にクリエイティブの面白さを訴求するだけでなく、「なぜこの表現がお客さまの行動につながるのか」をDNPの行動デザインをもとに、具体的な根拠とともに示してくれました。そのため社内でも説明・共有がしやすく、納得感を持って施策を進めることができました。
完成した世界観は良い意味で銀行らしくなく、若い世代を含む幅広いお客さまに親しみを持っていただけるものとなりました。キャラクターはポスターやテレビCMへと展開され、「親しみやすい」「これまでの肥後銀行らしくなくて新鮮で良い」といった声が社内から寄せられています。営業店からはグッズ化を望む声も上がるなど、アプリZOOは銀行サービスをお客さまにより身近に感じていただくきっかけとして、大きな可能性を感じています。」
6. 今後挑戦していきたいことは?
ユーザー・クライアント・パートナー、そして自分も前のめりになれる「四方よし」状態をめざして
「四方よし」という状態を、もっと多く作っていきたいと思っています。ユーザーが喜ぶ、クライアントが喜ぶ、ともに仕事をする仲間が喜ぶ、そこに自分がやりたいことも織り交ぜて自分も喜ぶ──これらの状態を一挙にそろえるのが、私の考える「四方よし」です。
「四方よし」の土台が整うと、クライアントはアイデアの実現に向けて応援してくれるし、外部のデザイナーやイラストレーターの皆さんも乗り気になって、いろんな工夫を入れてきてくれます。全員が前のめりになる仕事は、クオリティが全然違ってくるものです。
納期や予算の制約などもあるなかで、狙ってできるものではないことも承知しています。昔の自分は「そんなの机上の空論だ」と冷めていたと思います。けれども、実際にそういう仕事を経験してしまって、もう斜に構えていられなくなってしまいました(笑)。どんな案件でも「四方よし」で関わる全員が「楽しんで楽できる」ような現場になるよう、力を尽くしていきたいと考えています。

7. あなたにとってプロジェクトの成功とは?
成果も上げながら、「記憶に残る」仕事を
やはり、「四方よし」を実現することだと思います。この状態を作れれば、良いクリエイティブが生まれ、めざすべき成果などの数字も自ずとついてきます。その上で、個人的には「記憶に残る仕事」ができたら、なお良しと考えています。
「記憶に残る仕事」というと、とある案件で電車内に掲示するポスターを制作した際のエピソードを思い出します。そのポスターの掲載期間が終わった後にクライアントから「問合わせフォームにお客さまからメッセージが届いた」との連絡が来たのです。メッセージは「電車で見たポスターをもう一度見たいのですが、どこで見られますか?」という内容だった、と。
担当者によると、問合わせフォームには普段「キャンペーンの応募方法がわからない」「サイトが見づらい」といったネガティブなメッセージしか来ないとのことで、「初めてポジティブな声が届いた」とすごく喜んでくれました。そして後日、その担当者が異動になる際にわざわざごあいさつの電話をくださって、「ご一緒した仕事のなかで一番記憶に残っているのが、あのポスターです」と言ってくれたのです。
些細なエピソードかもしれませんが、その一言があったからこそ、ポスターの案件は私にとっても忘れられない、胸を張れる仕事になりました。そんな「自分の思いを込め、人の心に残る仕事」を、これからも積み重ねていきたいと思っています。
- 注釈2026年10月時点の情報です。